オルテリアの檻 〜祈る世界で、少女は剣を選んだ〜

ゆえきち

第1話 第一防衛ライン

《流血の道》。

外の世界とオルテリアを繋ぐ、唯一の通路。

その先端に設けられた第一防衛ラインで、私たちは、魔物の襲撃に備えていました。


私たち、防衛兵二十名ほどがここに展開しています。人数が限られているのは、単純な理由です。この道は狭く、たくさんの兵を並べても、押し合いへし合いになるだけ。それなら、少数を効率よく動かすほうが、防衛に向いていると判断されていました。


「……来る」


隣で構えたガルドさんが、短く告げました。

長年、苦楽を共にしてきた相棒。無骨だけど、誰より頼りになる人です。

私は剣を握り直し、朝もやの向こうに目を凝らしました。ぼんやりと揺れる影、五体。獣型の魔物たちです。食用にはなるけれど、相手は本能のままに襲ってきます。こちらが一瞬でも隙を見せれば、命はありません。


防衛ラインは、木と石を組み合わせた簡素な柵と、見張り台。

理由は単純です。砦では、兵士の命よりも、壁の修理費のほうが高くつくとされているから。壊れてもいいのは、人間。それが、この場所の現実でした。


「怖いっす……」


後ろで、新兵の一人が震える声を漏らしました。


「大丈夫だ。お前たちは後ろから刺せれば十分だ」


ヴェルさんが、軽口を叩きながら新兵たちを励まします。

彼は、砦でも名の知れた陽気なベテラン兵。どんな場面でも空気を和ませる、不思議な力を持っていました。


「力むな。落ち着け」


ロスさんが静かに言い添えます。こちらは、冷静沈着な前衛の達人。無駄な動きひとつせず、確実に敵を仕留める実力者です。

そんな二人に支えられているおかげで、新兵たちも少しだけ肩の力を抜いたように見えました。

私は小さく息を吸い込みました。緊張はしています。けれど、これだけの仲間がいるのです。怖がってばかりもいられません。


魔物たちが、吠えながら突進してきました。

私は剣を構え、左手には魔力を練ります。威力はまだ弱いけれど、足止めくらいならできるはず。


「風撃!」


指先から解き放たれた細い突風が、魔物たちの足元をかすめました。よろけた一体に、ロスが素早く踏み込み、剣で切り裂きます。


「ナイスアシスト!」


ヴェルさんが叫びながら、別の魔物の脇腹に斧を叩き込みました。私は小さく頷き、次の魔物に向かいます。


「新兵、今だ!」


ヘクト部隊長の命令が飛びました。怯えながらも、新兵たちが前に出ます。剣を構え、ぎこちないながらも、負傷した魔物へ振り下ろしました。

一人、剣を滑らせた新兵もいましたが、すぐ隣の仲間が手を伸ばして支えました。


──戦っています。

まだ拙いけれど、確かに。


ガルドさんは、巨大な盾で魔物の突進を受け止め、隙を見せたところへ鈍器を叩き込んでいきます。


「右から来るぞ」


短く、的確に告げながら、仲間たちを守ってくれました。いつも変わらない、静かな安心感がそこにありました。

残る魔物たちも、数の力で押し切りました。数分後には、倒れた魔物たちと、肩で息をする私たちだけが残りました。


負傷者は数名。ですが、死者はいません。


「ふう……」


剣を鞘に納めながら、私は空を見上げました。ここから見る空は、狭く、灰色がかっていて、どこか重たく感じます。


けれど──

私は信じていました。この空の先には、もっと広い世界があると。


「魔石、回収しろ」


ヘクト部隊長の指示に、私はうなずき、倒れた魔物へ近づきました。胸部を探り、豆粒ほどの、わずかに光る魔石を慎重に取り出します。


「手際、いいな」


ヴェルさんがからかうように言いました。


「慣れてますから」


私は肩をすくめながら答えます。こんな風に冗談を交わせることが、どれだけ貴重なことか。生き延びた者だけに許される、わずかな時間なのだと知っています。


新兵たちも、震える手で魔石を集めていました。

それでも──

前へ進もうとしていました。


大丈夫。きっと、この子たちも強くなれる。

私たちのように。いえ、きっと、それ以上に。


狭い空を仰ぎ、私は剣帯をきゅっと締め直しました。

まだまだ、これからです。


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