第1話 再起動 <リブート>

「──兄ちゃん!これ見て!」


「なんだその構え……兄ちゃんが教えたのはそんなんだったか?」

「でも、こっちの方がかっこいいよ?」


「かもな、でも強くなるにはかっこいいだけじゃ成り立たないこともあるんだよ。ほら、まずはしっかり両足を地面につけてだな……」


「タクト!ノア!そろそろ井戸から水を汲んでもらえるかしら?」


「あ……ごめん母さん!ほらノア、早く行くぞ!」


「うん!剣の練習はまたあした!」


















「ん……」


 ゆっくりと、目が覚めた。

 優しい日差しが照りつけるような……温かくて、懐かしい夢を見た、気がする。


 なのに、背中に感じるのは冷たい鉄板のような感覚だけ。

 とても心地よい目覚め、とは言えそうにないな。


 身体を起こして身体と辺りを見渡してみる。


 ──俺は裸、心臓は確かに拍動し、身体には戦場でついたはずの傷がない。


「どうして……?」


 周囲は一面、無機質で冷たい鉄の白壁で囲まれている。

 魔力が流れているのか白壁のところどころには青い光線が走って、それがこの空間にある唯一の光源にもなっているようだった。


 仲間の遺体安置所でさえもっと暖かい場所だったというのに、ここにはまさに俺以外の生命が一切感じられないような、極めて静かで、冷たい空間だ。


 香の匂いも一切しないし、ここは一体どこだ?



「ていうか俺、死んだはずじゃ……」



<適合率92.7%──アラヒトガミ・プロトコル、起動を確認。

 神経プロジェクションテスト 対象:タクト・タナトスの身体機能を表示します>


「うおっ!?」


 無機質な声が頭の中で冷たく響きだしたことに対しては驚く間もなく、視界の端に青い文字列が走った。

 点滅しながら浮かび上がるそれは、まるで俺の意志とは無関係に表示されているようだ。


【神経回路:接続中】

【循環系:再構築完了】

【筋機能:正常範囲内】

【記憶領域:同期保留】


 な、なんだこれ!?

 神経回路……循環系に筋機能って……


 これ、頭の声が言うように俺の身体機能を表しているのか?

 自分の感覚といい、ここに書かれている内容といい、これが本当に死んだ人間の身体なのか?


 誰かが助けてくれたにしても、治癒魔法でここまでのことができるのか?


<対象:タクト・タナトスの身体構造を“神格式魔力機構アラヒトガミ”へと再設計したことで、停止した生命機能を復活させました>


「……言ってることがほんとなら、確かに俺は死んだのか?

 それで、ほかの誰でもない、あんたがこうして死んだ俺を生き返らせたって?」




 いや、そんなはずはない。

 冷静に、一回死んだ人間を生き返らせるとか不可能だ。

 仮にそんな魔法があったなら、凡庸な二等兵である俺より使うべき人間がもっといたはずだろう。



<通常の人間の回生は、神によって定められた規定に反します。

 よって、不可能です>


「なら、どうして俺はここにいる」


<神になりえる人間の再起動は、規定に反しません。

 よって、本プロトコルを稼働させることで可能になります>


「は、はぁ?神になりえる人間の、再起動?

 おい、あんた何を言って……」


<先代神は、私が統括する本プロトコルの全ての権限をあなたに譲渡しました。

 これにより、あなたは神になりえる人間、以下 アラヒトガミへと仮認定。


 その後、三千年の順次処理プロセスを経て、あなたを回生させました>



「あぁ、そう……」



 理屈はさっぱりわからん。

 ただまあ、こうなった経緯は大体わかった。


 あの時、腹を貫かれた死に際に見たあの白い鎧の"何か"。

 あれは本当に神様だったらしい。


 白い鎧の神様を『先代』とするならば、死に際にあれを見た時点で俺は、神になりえる素質もといこの声が操るこのアラヒトガミ プロトコルとやらを譲り受けていたわけだ。


 その素質を三千年かけて俺の身体に定着させて、最終的に俺は生き返った……と。









 ……ん?三千年?









「待て、三千年ってどういう……」


<人魔聖戦は光臨暦二百年の出来事、現在は光臨暦三千二百年です>







「──は、はぁああああああ!?」


 そんな馬鹿な!?

 俺、三千年も寝てたってことかよ!?


「いや、信じらんないって──」


<現状説明は以上です。

 これより段階フェーズ2に移行、本プロトコルの完全適合をゴールとし、チュートリアルシークエンスを開始します>



「ぐっ……!」



 うるさっ……!

 脳内に響く無機質な音声が一際大きな音量で言葉を放つ。

 間髪入れずに、白壁の空間は暗転すると、光源である青い光線だけが冷たい空間を照らし出す。



「……っておい、三千年の説明がまだ──っておいっ!?今度はなんだよ!?」


 淡い光で満ちた空間に、突如として強い光を伴って青白い魔法陣が浮かび上がる。

 しばらくすると、その中心には刀身が光る片手剣を携えた手足の長い異形のような何かが立っていた。


 なんだあれ……魔物?

 いや、あんな種類は見たこともないぞ。


 どちらかというと、人工的に作られた魔導人形ゴーレムのような……。


<魔力抑制システムを50%解除。

 魔力回路の定着率を検証します……良好。

 魔力の運用方式を調整します。

 掌に魔力を集積し、しばらく待機してください>



 ──瞬間、腕に何かが流れるような感覚を伴って微かに疼く。

 試しに手のひらを広げてみると、掌から微かな青白い光が現れていた。


 自分の中で、何かが蠢いている。

 自分のものではない、けれど、明確に「ここに在る」とわかる何かが。


 無意識に、溢れる魔力を掌に込めて身体の前に突き出した。


<魔力運用を最適化しました。

 チュートリアルシークエンスを通して具体的な変数調整を行います>


 これが、神様の力ってやつなのか。

 身体の底から力が漲ってくるようだ。


 異形を前にしても不思議と恐怖は少しも沸いてこない。


 むしろ、この身体が力を試したくてウズウズしているくらいだ。



<続いて神代式魔導人形 mark.70、起動。

 分析、並びにシステム内動作シミュレーションを開始。検証します……正常。

 スタンバイが完了しました。>



「……なるほど」


 あんたが何をしたいのか、さすがにわかってきたぞ。

 そしてそれが、多分今の俺にとってはかなり好都合に働くだろうってことも。







<──これより、あなたのアラヒトガミ適合訓練を行います。

 成功条件:神代式魔導人形 mark70を破壊してください>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る