星が定める多次元宇宙救世論 〜重なる世界の真ん中で少年は鉄神になる〜

夢尊 -ユメタケル-

プロローグ

 

 ガキンッ!


 剣の鋼が打ち合う残響と、勇ましく戦う男どもの雄叫びが辺りにこだまする。


 まるで伝播する喝采のように、個々の鋼の協奏が空間を覆った。


 どこを見るにも、あるのは灰で燻んだ銀色の鎧と、黒く禍々しい鎧たち。


 人間と魔族による種族間戦争。


 そう、これはまさしく聖戦なのだと理解しながら、誰もが闘気をその瞳に宿して戦っている。


 種族の存亡をかけたこの戦い、必ずしも勝利しなければならぬと誰もが剣を手に取った。


 そこには数多く、生きて帰らなければならない理由もあっただろう。

 俺たち王国騎士団は、それでもなお無念に戦場で散っていった多くの仲間たちに報いなければならない。


 しかし、そうは思えど所詮は『最弱の人間種』。


 肝心の戦況はというと、我々が現場からも感じ取れるほどに、旗色はこちらの圧倒的な不利である。

 おとぎ話でよく見るような勇者とやらも所詮は空想上の産物に過ぎない。


 この国にとっての希望の星とも見られる戦士でさえ、他の種族と並べてしまえば案外強くなかったりもするのだ。


 重要なのは個の戦力でなく、数と指揮による総力のみ。


 群れることによる集団の戦力だけが、我々人間に残った唯一の切り札。

 全ては軍部の采配と、我々一般的な騎士の集団力が戦場における勝敗の全てを握っているのだ。




 ✳︎




 レガンド王国騎士団 二等兵 タクト・タナトス。

 十九歳の頃に騎士団に入団し、最年少の団員として戦場を駆けてはや三年。


 俺は今、人と魔族という長年の因縁の最前線にいる。


 ようやっと前線で戦えるほど強くなったと喜ぶべきなのだろうが、こうして多くの生命が散りゆく戦場に立つことは、決して悲願ではない。


 できることなら、争いはない方が良い。


 俺だけじゃない。

 皆がそう思いながら、国のためにと剣を手に取って戦っているのだ。


 必ず戦果を上げる。


 戦いの前、我々はそう意気込み、一斉に鬨ときの声を上げた。




「──はぁ……はぁ……」


 その結果がこれだ。

 俺は周囲を十人余りの魔族兵に囲まれ、体力は底をつきかけ、元々少ない魔力量で魔法を酷使し続けたので、切り札たり得る魔法もそう多くは使えない。


 放てて一発か、二発が限界といったところか。


 助けを求めようと見渡そうにも、周囲に他の仲間はいない。


 ──まさに満身創痍、絶体絶命。


「グァァァァ!」

「くっ……!」


 睨み合っていたところを突然、魔族兵の一体が剣を振るう。


 重い……!やはり人と魔族では力の差は圧倒的か……。


 その一閃をこちらも何とか剣で受け止めて、刀身を交えながら睨み合うその一瞬の間に、胴体へ蹴りを入れて距離を取る。


 しかし距離を取っても数舜のうちに、もう一体の兵士が剣を振りかぶっていた。


 身体を捩ってなんとか攻撃を回避するも、また数体がにじり寄ってくるので、これもなんとか身を捩って回避し、そこから飛び退くようにまた距離をとった。


 よし……これならギリギリ魔法も間に合いそうだ。


 魔力を掌へ流し込み、一気に対象へと爆発させる!


「ᛖᛉᛈᛚᛟᛋᛁᛟᚾ爆ぜろ」


 魔法が着弾したその瞬間、炎が爆ぜながら一気に辺りを轟音と黒煙が包んだ。


 これで何人か兵士を仕留められただろう。


 少しでいい。

 その包囲に少しでも穴を開けることができたなら、一旦は退路になる。

 あとはそこを離れて味方の方に援護に向かう。


 黒煙が晴れるのを待ってはいられない。

 このままではジリ貧なのだ。


 結果を待つ時間はない。


 ──となれば、このまま突っ切る!


 呼吸と足とのタイミングを合わせ、地面を勢いよく蹴ったその刹那。


 黒煙の向こうに何かが閃く。




「は......──ゴフッ」


 それは、剣の形を模った魔力弾。


 やはりどこか焦っていたのだろう。

 俺は瞬時に放たれるそれに気づけず、痛みを感じる間もなく腹を貫かれていた。


 まだだ......まだ戦える......起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ!!


「──はぁ......はぁ...... 」


 まだ戦えるという意志とは裏腹に、身体が損傷を理解したか、激しい痛みと疲労が全身に走った。

 いつの間にか俺は屈し、腹から血を流しながら血で汚れた地面に倒れ込んだ。


 全身の筋肉が緩み切る前に、俺は仰向けになり呼吸をしやすい体勢を作る。


 どこを見渡しても凄惨だ。

 赤い血やら魔力の結晶やら、剣の破片やらがそこら中に転がっている。


 こんな凄惨な戦場で、国の勝利のために身を粉にして散っていくことを、人は "誉ほまれ" という。


 その声を聞いたとき、賞賛されるのは当然のことだと思った。


 しかし、そんな賞賛の裏には" 戦死 "という事実があるわけで。


 それに気づいてからは、仲間の戦死を良い気持ちで称えることができなくなった。


 むしろ死というものの瞬間を間近で見てきたからこそ「今度は俺が散っていく番だ」と言われているような気がして、それへの恐怖がいっそう強くなった。


 一時期はその恐怖に身が震えて、剣が握れなくなった時だってあった。


 ……どうやら、本当に俺の番だったらしい。腹を貫かれた......間違いなく致命傷。


 これからどれだけ回復魔法を施そうとも、きっともう俺は助からないだろう。



 周囲には、誰もいない。

 俺を囲みながら仕留めた魔国軍の大量の兵士でさえも既に気配を感じなかった。


 戦場に容赦など不要。

 獲物を仕留めれば次の狩場へと移動するのは定石、か。


 仰向けで転がる俺の視界がとらえているのは、黒雲の浮かぶ大空と八方の戦火。


 それに、はためく我らがレガンド王国の国旗。

 その国旗は白地に赤色の剣が三方から交差していることから、『紅三剣スティグマ』と呼ばれている。


 戦乱を生き抜き、必ず国を守るという勇ましい意志で燃え上がるかのように、紅三剣スティグマの刻まれた旗は揺れている。


 俺は自分の守った国の象徴のもとで死ねるのだ。


 誇らしいことじゃないか。

 あの世で俺と同じように死んでいった仲間たちに自慢してやろう。


 最年少の俺を可愛がってくれたように、きっと笑いながら褒めてくれるはずだ。

今からそれが楽しみだな。




 ......でも


「──悔しいなぁ......」





 嗚呼、死にたくない。


 まだ守りきれていないのに。

 残してきた家族や友人たちだってきっと俺の帰りを待っている。


 もしもこのまま戦争に負けたらその人たちはきっと魔族の不平等な支配に苦しむだろう。


 好きな人たちが誰も苦しまないように。

 そう願ったから強くなろうとしたのに。


 結局、その人たちを泣かせてしまうのか。




 俺が、弱かったせいで。


 涙が頬を伝った。だが、その涙は誰にも拭われることはない。

 ここには誰もいないのだから。


 ──嗚呼、これでは潤んだ視界のせいで走馬灯は見れそうにないな。




 遠方でまた爆音が鳴り響いた。


 地響きで身体が微かに揺れる。


 意識が、飛びそうだ。



 せめて......せめてこの涙が渇くまでは起きていたい。

 正しい走馬灯を見れるように、この涙が乾くまでは、眠らないでいたいのだ。


 気を引き締めろ、俺。

 決して呼吸を絶やすな。



 せめて、せめてあと少しだけでも──






「──......っ?」


 なんだ、なんだか明るいな。

 黒雲が晴れていく......?

 滲む視界のせいでよくわからない。



 ......太陽に人影が見える。


 陽光を反射して、海のような煌々とした光を放つ白銀の鎧。

 鎧に迸る血液の流動を再現したかのような青い光線。

 天と地上という物理的距離感を以てしても伝わる圧倒的強者たる陰影。


「......!」


 大粒の涙が頬を伝い、多少焦点が合い始めた後は、止まりかけている脳でもそれが何なのかすぐにわかった。




 ──そうか、あれは神様か。




 空中に浮かぶ人影が発する全ての情報から、死に際の感覚がそう告げている。

 涙は乾きそうもない。


 心から打ち震えた時、人は涙を流すものなのだな。


「カハッ、ゴホッゴホッ――」




 ──神様。


「国を……家族を……守って、くれ」


 死に際の人間の、そんな願いが届くかはわからない。


 それでもただ無意識に、それでいて熱烈に、そう溢した。




 視界が狭まる。光が絶えていく。



 意識が、遠のく......。














『 レガンド王国騎士二等兵 タクト・タナトス、人魔聖戦にて戦場に没す 』













<アラヒトガミプロトコルを譲渡されました。


 肉体に魔力回路をインストールします──インストール完了。



 ようこそ、星守の救世主>

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