第九章:最終決戦前夜~もふもふ&グルメの癒し

 王国の動乱が収束し、礼拝堂での戦いから数日が経った。王宮は修復作業が続き、平和を取り戻しつつある。しかし、その裏で新たな危機の兆候が現れていた。

 奏多は王宮の図書館で古い文献を調べていた。エルフィアとリシアの力が共鳴し合ったことで、闇が一時的に退いたが、その根本的な解決には至っていない。

「やっぱり、闇の源を探さないと……」

 アズリアが膝の上で丸まり、奏多の手を舐めている。優しい感触が心を少しだけ和らげた。

「ありがとう、アズリア。私ももう少し頑張るね」

 その時、淳平が図書館の扉を勢いよく開けて入ってきた。

「おーい、奏多! お前、こんなとこで何してんだ?」

「闇の源について調べてるの。エルフィアさんとリシアちゃんの力だけじゃ、完全に払えない気がして……」

「まあ、そんなに悩むなよ。とりあえず腹減ったし、飯でも食いに行こうぜ!」

「あ、うん……そうだね」

 奏多が席を立つと、アズリアが元気よく飛び跳ねた。


 食堂では、リシアとエルフィアが一緒に食事をしていた。以前はぎこちなかった二人だが、今は少しずつ打ち解けている様子だ。

「エルフィアさん、これおいしいよ。食べてみて」

「ありがとう……こんな普通の食事を取るの、久しぶりです」

 リシアがニコッと笑うと、エルフィアも控えめに微笑んだ。

「まだ慣れないけれど、こうして皆と食べるのは……悪くないですね」

「そうでしょ? 私も、最初は一人でいるのが怖かったけど、奏多さんやみんなが支えてくれたから……」

 エルフィアがふと考え込み、リシアに尋ねた。

「私も、そんな風に誰かに頼っていいのでしょうか?」

「うん、いいと思うよ。強くなろうとするのは大事だけど、一人で全部抱え込まなくても大丈夫だから」

 奏多が席に着き、そのやり取りを温かく見守る。

「リシアちゃん、エルフィアさんと仲良くなれてよかったね」

「はい。少しずつだけど、一緒にいると安心できます」

「ありがとう、奏多さん。あなたの言葉がなかったら、きっと私は今も孤独だったかもしれません」

 奏多は少し照れくさそうに笑って、「そんなことないよ」と返した。


 その夜、王宮の中庭では、仲間たちが集まり、最後の宴が開かれていた。明日には、闇の源とされる「黒の遺跡」に向かうことが決まっている。

 石垣が大きな鍋を囲み、香ばしい香りを漂わせている。

「おお、いい匂いだな!」

 淳平が大喜びで鍋の中を覗き込むと、石垣が腕を組んで笑った。

「今日は特製の肉団子鍋だ。体力をつけるためには、これが一番だ」

「うっひょー! これは期待できる!」

 奏多もその匂いに引き寄せられ、アズリアも鼻をひくひくさせている。

「すごくおいしそう……」

「奏多、これも食べてみて。ほら、リシアも」

 リシアが鍋をよそって、エルフィアにも分け与える。

「こんな温かい食事、初めてです……」

「エルフィアさん、緊張しないで。こうやってみんなで囲むと、元気が出るから」

「そうですね……ありがとう」

 淳平ががっつり食べながら、少し真面目な顔を見せた。

「明日は本当に、闇の根源に挑むんだよな」

「うん。黒の遺跡には、瘴気の発生源があるらしいから」

 石垣が鍋をかき回しながら、冷静に続けた。

「遺跡には強力な魔物が守護しているとのことだ。万全の準備を整えておく必要がある」

「でも、奏多がいれば大丈夫さ。俺たちは無敵だぜ!」

「淳平さん、頼もしいです……私も、明日が怖いけど、皆がいるから勇気が湧きます」

 リシアの言葉に、エルフィアも小さく頷いた。

「私も、一緒に戦います。力を制御できるかは分かりませんが、もう逃げたくない」

「それでいいよ、エルフィアさん。きっと、大丈夫だから」

 奏多が励まし、アズリアが両手を広げて「キュー」と声を上げた。

「アズリアも応援してるみたいだね」

 その言葉に、一同が笑みをこぼす。星空の下で食事を囲み、心を一つにする時間が心地よかった。


 夜が更け、皆がそれぞれの部屋に戻る中、奏多は一人中庭に残っていた。月明かりが庭の花々を優しく照らし、風が穏やかに吹き抜ける。

「明日、無事に帰ってこれるかな……」

 ふと、不安が胸をよぎった。淳平がその場に現れ、隣に腰を下ろす。

「奏多、まだ寝てないのか?」

「うん……なんか、眠れなくて」

「まあ、明日が決戦だからな。でもよ、あんまり気負うなよ。お前は十分頑張ってんだから」

「淳平……ありがとう」

「それにさ、帰ってきたらまた鍋パーティーしようぜ。今回のは石垣が作ったけど、次は奏多の手料理でな!」

「うん、絶対作るよ」

「それなら決まりだ。だから、絶対生きて帰ろうな」

 淳平が拳を差し出し、奏多がそれに拳を合わせる。

「うん、絶対に」

 二人の笑顔が、月明かりの下で重なり合った。


 その夜、奏多は眠りにつけないままベッドに横たわっていた。窓の外からは、夜風がカーテンを揺らし、遠くで鈴虫の声が聞こえる。

「明日、うまくいくのかな……」

 ふと、不安が胸に押し寄せる。闇の源があるとされる「黒の遺跡」は、王国でも忌まわしい場所とされており、歴代の王が立ち入りを禁じていた。

「闇を完全に払うためには、あそこに行くしかない……」

 アズリアがベッドに飛び乗り、奏多の顔を覗き込む。

「キュー?」

「アズリア……ありがとう。君がそばにいてくれるだけで、少し勇気が出るよ」

 その毛並みを撫でながら、奏多はゆっくりと目を閉じた。


 翌朝、王宮の中庭には緊張感が漂っていた。戦闘準備を整えた騎士団が集まり、リーダーの石垣が指揮を執っている。

「黒の遺跡に向かうのは、私たち精鋭部隊のみだ。王宮防衛は石塚に任せる」

「了解しました。王都防衛は私に任せてください」

 奏多、リシア、エルフィア、淳平、周督が揃い、石垣と共に最後の打ち合わせをしていた。

「今回の目的は、黒の遺跡に潜む闇の源を完全に浄化することだ。道中には強力な魔物が待ち受けているだろう」

「大丈夫だよ。私たちが力を合わせればきっと乗り越えられる」

 リシアが力強く言うと、エルフィアも頷いた。

「私も、もう迷いません。共に戦います」

 奏多が二人に微笑みかけ、淳平が拳を握って気合を入れた。

「よし、全員準備完了だな! 行くぞ!」

「はい!」

 出発の合図と共に、彼らは黒の遺跡へと向かった。


 道中、馬車に揺られながら奏多は窓の外を眺めていた。険しい山々が見え始め、道は次第に荒れ果てた雰囲気を醸し出している。

「ここからが危険区域か……」

 リシアが不安そうに隣で呟き、エルフィアが優しく肩に手を置いた。

「大丈夫です。私たちが一緒なら、きっと乗り越えられます」

「はい……ありがとうございます、エルフィアさん」

 周督が地図を広げ、目的地を確認する。

「黒の遺跡まで、あと半日程度だ。道中に瘴気が漂っている可能性があるから、気を引き締めていこう」

「了解。気を抜かないようにしよう」

 淳平が大きく伸びをしながら笑った。

「気合入ってんな、奏多。よし、俺も負けねえぞ!」

 アズリアが「キュー」と声を上げて元気づけ、リシアとエルフィアも小さく笑った。


 途中、休憩を取るために小さな泉のほとりで馬車を止めた。奏多が荷物を下ろし、リシアとエルフィアが水を汲みに向かう。

「冷たくて気持ちいいですね」

「うん。なんだか、ここだけ平和な感じがするね」

 その時、不意に茂みがガサガサと揺れ、リシアが驚いて後ずさる。

「何かいる……?」

 警戒しながら近づくと、そこには小さな獣が震えながら身を潜めていた。灰色の毛並みで、まだ幼獣のようだ。

「かわいい……」

 奏多が手を差し出すと、幼獣が恐る恐る鼻をくんくんと近づける。アズリアが優しく寄り添い、幼獣が少しずつ警戒を解いた。

「この子、どうしたんだろう……」

「きっと親とはぐれたんですね」

 リシアがそっと撫でると、幼獣が気持ちよさそうに目を細めた。

「この子も、不安だったのかもね」

「私たちと同じだね……」

 その光景を見て、エルフィアも微笑んだ。

「力ではなく、こうして寄り添うことで癒されるものがあるのですね」

「そうだね。焦らず、ゆっくりと心を通わせるのが大事なんだと思う」

 幼獣はすっかり懐き、リシアの膝の上で丸まって寝てしまった。

「かわいい……少しの間だけでも一緒にいられるといいな」

 アズリアも幼獣の隣に寝そべり、まるで家族のように寄り添っていた。


 やがて日が傾き、再び出発することになった。幼獣は名残惜しそうにリシアを見上げ、リシアがそっと抱きしめた。

「元気でね。きっと親に会えるから」

「キュー」

 アズリアも別れを惜しむように鼻を合わせ、幼獣が森の中へと消えていった。

「また会えるといいね」

「きっと、大丈夫ですよ」

 エルフィアが優しく言い、馬車は再び黒の遺跡へと進み始めた。

「あと少しで目的地だな」

 石垣が険しい顔をしながら馬車を操る。奏多がリシアの手をぎゅっと握り、エルフィアも静かに祈りを捧げていた。

「どんな闇が待ち受けているかわからないけど、絶対に負けないよ」

「はい……私も、最後まで一緒に戦います」

 馬車が揺れる音が静かに響き、決意を胸に全員が覚悟を固めていた。


 黒の遺跡が近づくにつれて、辺りの空気が徐々に重くなってきた。木々の葉が黒ずみ、地面には不気味な紫色の苔が生えている。瘴気が薄く漂い、アズリアが警戒するように鼻を鳴らした。

「ここが、黒の遺跡……」

 リシアが息を呑み、エルフィアも眉をひそめる。石垣が手を挙げて全員に止まるよう合図を出した。

「ここから先は闇の結界が張られている。慎重に進むぞ」

「はい……」

 奏多がアズリアを抱きしめ、不安を抑え込むように深呼吸した。


 遺跡の入口は、崩れかけた石柱と苔むした石畳に囲まれていた。巨大な石扉には、古代文字が刻まれ、黒い瘴気がそこから漏れ出している。

「この文字……“闇は神の試練、真の光がそれを払う”」

 周督が読み上げると、淳平が眉をひそめた。

「なんだよ、それ。暗号か?」

「いや、おそらく聖女の力を試すための結界の一部だろう」

 エルフィアが扉に手を触れると、光が一瞬だけ漏れ出し、しかしすぐにかき消された。

「力が、足りない……」

「私も試してみるね」

 奏多がアズリアを抱えたまま祈りを捧げると、光が微かに反応したが、完全には開かない。

「やっぱり、二人でやらないとダメみたい」

 リシアがエルフィアの手を取り、二人で祈りを合わせた。アズリアも共鳴し、金色の光が扉に注がれる。

「……開いた!」

 重々しい音と共に、石扉がゆっくりと開き、遺跡内部の冷たい空気が一気に吹き出した。


 内部はひんやりとした空洞が広がり、天井から滴る水音が不気味に響いている。古びた祭壇や朽ちた装飾が、かつての栄華を物語っているが、今は瘴気が満ち、暗闇が支配している。

「ここ、本当に怖いですね……」

 リシアが震え、奏多がそっと肩を抱いた。

「大丈夫だよ。一緒に進もう」

 淳平が剣を構え、先頭に立って歩き出す。

「敵が出てきても、俺が前に出るから任せろ」

「無理するなよ、淳平。チームワークで乗り越えよう」

 石垣が背後を警戒しながら進むと、突然、闇色のスライムが天井から降りかかってきた。

「くっ!」

「危ない、リシアちゃん!」

 奏多が盾を展開し、闇の粘液を防いだ。スライムは不気味に蠢きながら、触手を伸ばしてくる。

「リシア、エルフィア、光を!」

「はい!」

 二人が祈りを合わせると、強い浄化の光がスライムを包み込み、灰となって崩れた。

「うまくいった……!」

「油断するなよ。まだ周囲に気配がある」

 周督が目を細め、遺跡の奥から響く低い唸り声に耳を澄ませた。

「大型の魔物がいるな。気を引き締めろ」

「うん、私も力を出すから!」

 リシアが決意を込め、エルフィアもその横で頷く。


 最深部にたどり着くと、巨大な闇の塊が渦巻いていた。その中心には、黒い炎を纏ったドラゴンのような魔物が鎮座している。

「これが……闇の源?」

「いや、あれは守護者だ。本物の源はもっと奥にあるはずだが、まずこいつを倒さないと進めない」

 淳平が剣を握りしめ、石垣が戦闘準備を整えた。

「行くぞ、全員気を抜くな!」

 ドラゴンが咆哮し、瘴気の波が一気に押し寄せた。奏多が防壁を張り、リシアとエルフィアが光を放つが、闇の炎がそれをかき消してしまう。

「強すぎる……!」

「力を合わせて、一点突破を狙うしかない!」

 アズリアが金色の光を発し、リシアとエルフィアの手を繋いだ。三つの力が重なり合い、光の槍が生まれる。

「これで……終わりにする!」

 三人が放った光の槍がドラゴンの胸を貫き、闇の炎が急速に消えていった。

「やった……!」

 ドラゴンが崩れ去り、その場には黒い結晶だけが残っていた。奏多が慎重にそれを拾い上げる。

「これが……闇の核?」

「砕けば、瘴気の源を断てるはずだ」

 エルフィアが力を込めて祈り、リシアも共に浄化の光を注ぎ込んだ。結晶が徐々に浄化され、やがて白い粉となって風に溶けていった。

「これで……終わったの?」

「まだだ。瘴気が完全に消えたわけじゃない。最深部を確認しよう」

 周督が地図を確認しながら、さらに奥へと進むよう促した。


 遺跡の奥には古びた石碑があり、そこに何かが封印されているようだった。奏多が近づき、古代文字を読み取る。

「“光と闇が調和する時、真実の姿を現す”……?」

「調和……?」

 エルフィアが考え込み、リシアが不安そうに石碑を見上げた。

「どうすれば……?」

 その時、アズリアが中央に立ち、静かに瞑想を始めた。すると、遺跡全体が金色に輝き出し、瘴気が徐々に払われていく。

「アズリアが、闇を浄化している?」

「いや……これは、光と闇の共存だ」

 周督が感嘆の声を上げ、石碑から封印が解かれ、白い花が一輪咲いた。

「これが、希望の証……」

 奏多がその花を手に取り、柔らかな香りに包まれた。

「これで……やっと、国を救えたんだね」

 リシアが涙を流し、エルフィアがそっと寄り添った。

「あなたが教えてくれた、共に歩む勇気……本当にありがとう」

 奏多が微笑み、アズリアが満足げに鳴いた。

 終

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