「水、ぽつん、だろ?」

三浦俳尚

第1話

 夜のコンビニの駐車場。蛍光灯がチカチカしてる。地面にはさっきの雨でできた水たまりが油みたいな光を反射してる。コミネはコンビニの袋をぶら下げ、缶コーヒーをちびちび飲んでる。ホノベはスマホをいじりながら、駐車場の端でうろうろ。ネルは水たまりをじっと見て、なんかぶつぶつ言ってる。誰も彼も、別に友達ってわけじゃない。たまたま、ここにいる。たまたま、水がそこにある。

「水、だろ?」

コミネが、突然、缶コーヒーを握り潰す。アルミの音が、駐車場に響く。

「水が、こう、ぽつん、ってさ。わかる?」

ホノベはスマホから目を上げず、鼻で笑う。

「ぽつん? 何それ、雨? さっき降ってたじゃん。靴、びしょびしょ。マジ最悪。」

ネルは水たまりから目を離さず、ぼそっと。

「ぽつん、じゃない。ぽつん、ぽつん、だよ。」

コミネが一歩踏み出す。水たまりに足が触れそうで、触れない。

「いや、違うって。ぽつん、だよ。子供の頃、覚えてるだろ? 家の裏、コンクリが割れててさ、そこに水が溜まってた。あの水たまり、なんか、全部映してたんだよ。空とか、雲とか、俺の顔とか。でも、よく見たら、俺の顔じゃなかった。なんか、知らないおっさんの顔、サブリシンに似てた。」

ホノベがスマホをポケットに突っ込み、急に大声で。

「マジかよ! 水たまりがサブリシン映すって、どんなホラーだよ! 俺も見たことあるぜ、そういうの。コンビニのガラスに映る自分の顔、たまに別人じゃん? 昨日、俺、ガラス見てたら、なんか、女の顔だったもん。ギャル。メイク濃いやつ。」

ネルは動かず、ただ、繰り返す。

「ぽつん、ぽつん。女じゃない。誰もいない。水だけ。」

コミネがコンビニの袋を地面に置く。中からポテチが転がり出る。

「水だけ、か。まあ、そうかもな。でもよ、水って、なんか、嘘つくよな。全部映すけど、なんにも残さない。子供の頃、母ちゃんの家の庭に、バケツ置いてあったろ? 雨が溜まって、虫が浮いてた。ピチャって音したよ。」

ホノベが急にポテチを拾い、ポリポリ食い始める。

「ピチャ!? うわ、キモ! 虫とかマジ無理! でも、わかるわ、バケツの水。俺んちの近所のドブ、いつも水溜まっててさ、なんか、油ギトギトの水。そこに、俺の影が映ってたけど、影が、こう、動くんだよ。俺が動いてないのに。ゾッとしたね。あれ、何だったんだろ。UFO?」

ネルは水たまりに指を伸ばす。波紋が広がる。

「ぽつん、ぽつん。影じゃない。水。波。波が、笑う。」

駐車場の蛍光灯が、一瞬、消える。誰も驚かない。また点く。

コミネが缶コーヒーを投げる。缶がアスファルトに転がって、水たまりに当たる。ちゃぽん。

「笑う、ね。笑うよな、水って。昔、どっかの祭りでさ、夜中に境内に行ったことある。石の脇に、ちっちゃな水溜まってて、そこに月が映ってた。月! すげえロマンチックだろ? 俺、月すくおうとしたんだよ。手で、こう、ガバッて。でも、すくえたのは水だけ。冷てえ水。指の間から、全部こぼれた。バカみてえ。」

ホノベがポテチの袋を振り回す。屑がパラパラ落ちる。

「バカ! ハハ、バカ最高! 月すくうとか、ポエムかよ! 俺もやったことあるぜ、そういうの。コンビニの自動ドア、夜、閉まってるとこ行って、ガラスに映る自分の顔に指で触るの。ほら、こう、ペタペタって。でも、触れるの、ガラスだけ。俺の顔、どっか行っちゃうんだよな。どこ行くんだ、あれ?」

ネルは水たまりにしゃがみ込む。顔が映る。

「ぽつん、ぽつん。行くんじゃない。沈む。水に、沈む。」

コミネが急に叫ぶ。

「沈む! そう、沈むんだよ! 水って、全部持ってく! 俺の子供の頃、母ちゃんのバケツ、祭りの月、コンビニのガラス、全部! 水が、俺の記憶、食っちまうんだ!」

ホノベがポテチ食うのやめて、急に真顔。

「食う? マジ? 水が食うって、どんなメシだよ。俺、なんか、怖くなってきた。昨日、コンビニで弁当買ったじゃん? 食ってたら、なんか、水道の水、変な味したんだよ。カルキじゃなくて、なんか、鉄っぽい味。俺の血、混ざってたんじゃね? ハハ、んなわけないか!」

ネルは水たまりから顔を上げる。ぼそっと。

「ぽつん、ぽつん。血じゃない。骨。水は、骨、しゃぶる。」

駐車場に、トラックの音。遠くでクラクション。誰も気にしない。

コミネが水たまりを蹴る。水が跳ねる。靴、びしょびしょ。

「骨! ハハ、骨かよ! いいね、それ! 水って、骨まで溶かすよな。昔、姉貴がいたんだ。姉貴と、ドブ川で遊んだ。石投げて、泥跳ねて、笑ってた。姉貴が言ったよ。『この水、俺たちのこと、覚えてる』って。でも、姉貴、消えた。事故だった。トラック。バーンって。血が、水たまりに混ざってた。あの水、覚えてねえよ。姉貴のこと、なんにも。」

ホノベがスマホ取り出して、なんか撮り始める。水たまり、アップで。

「事故!? うわ、重い! トラック、バーン! って、映画みたいじゃん。俺、なんか、動画撮っとこ。ほら、この水たまり、映すよな。俺の顔、撮れるかな。アップ、アップ! あ、ブレた。暗えよ、この駐車場。てか、姉貴、マジ消えたの? 水、関係あんの?」

ネルは水たまりに手を浸す。冷たい。

「ぽつん、ぽつん。関係、ない。水、関係、ない。でも、水、ある。」

コミネがコンビニの袋拾う。ポテチ、潰れてる。

「ある、ね。水、あるよな。関係なくても、ある。それで、いいんだ。子供の頃のバケツ、祭りの月、姉貴の血、全部、水の中。俺も、いつか、水になる。ぽつん、ってな。」

ホノベがスマホ落とす。画面、割れる。

「ぽつん!? ハハ、ぽつん、いいね! 俺も水になる? やだな、でも、なんか、わかるわ。水、いつもそこにあるよな。俺の部屋のコップ、昨日から水、放置してる。カビ生えるかな。」

ネルは水たまりから手を引き、立ち上がる。

「ぽつん、ぽつん。水、待つ。私、待つ。水と、待つ。」

駐車場の蛍光灯、またチカチカ。コミネが缶コーヒーの空き缶拾う。ホノベがスマホの破片集める。ネルが水たまりに背を向ける。

コミネが、ぼそっと。

「水、始まる。ここから、だろ?」

ホノベが笑う。

「始まる!? 何が! コンビニ、閉まる時間じゃん! ハハ、腹減った!」

ネルが、静かに。

「ぽつん、ぽつん。水、落ちる。始まる。」

水たまりに、月が映る。いや、月じゃなくて、蛍光灯か。誰も見てない。トラックが遠くで唸る。コンビニの自動ドアが、ピロピロ鳴る。ぽつん、ぽつん。水が、地面に染みていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「水、ぽつん、だろ?」 三浦俳尚 @mojimoji16

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る