第9話 魔族を殺す者


「さぁさぁ逃げろ逃げろ!」


 魔族の男は浮かしてあった氷の槍を数本連続で放つ。速度は先程より落ちているがそれでも目で追って躱すのがやっとだ。あの速度では燃やして溶かすこともできない。

 

「おっとこっちもそろそろ……」


 突然切先を二人の方に向け、治癒魔法で治りかけていた二人の足に再び槍が突き刺さる。


「うっぐぅ……!!」


 パルテさんが低い唸り声を上げる。セリシアにいたっては声すら上げれず痛みに顔を歪めさせて呼吸を荒くさせる。これで一対一の状況が延長された。いや、このままずっと続くのだろう。ボクが倒されるまで。


「なら……!!」


 このまま逃げ続けても援護は頼めそうにない。奴の口振りからも他の男性陣は捕縛されているのだろう。それなら一か八か起死回生の一撃を放つしかない。ボクの想いに反応したのか武器は小型のナイフへと変形する。


 これで奴の首を掻っ切るしか……!!


 奴は楽しんでいるため油断が多く槍もわざと速度を落として遊んでいる。そこに勝機があるはずだ。


「ほらほらどうした? 人間は手応えがないなぁ?」


 完全に自分の方が上だと思い込んでいる。実際にその通りだ。槍と槍の間。速度を落としてくれているおかげで明確な隙間がそこにある。ボクは全ての力を足に込め、跳ぶように一気に距離を詰める。


「なっ!?」


 《喰らう者》のおかげか身体能力が向上しており五メートル近くあった距離がなくなる。勢いを殺さずそのまま奴の首元に深々とナイフを突き刺した……はずだった。


「ちっ……!!」


 しかしナイフは奴の首と肩の間にほんの数ミリ刺さって血が数滴垂れるだけだ。魔族の肌は鋼鉄のように硬く、ボクなどでは致命的な一撃を決めるのは不可能だ。

 

「人間風情がっ!!」


 完全に隙だらけになったボクの胴体に奴の拳がめり込む。激しい嘔吐感と痛みと共にボクは地面に伏せてしまう。


「少年っ!!」


 パルテさんはまだ傷が治っていないものの、遠くから爆発する粒を飛ばし無理矢理にでもボクと奴との距離を作ろうとする。

 

「お前らも鬱陶しい!!」


 槍を五本飛ばし、それは正確に二人の四肢を貫く。セリシアは両肩に大怪我を負ってしまいあの傷では手から光を出す治癒魔法の精度が落ちてしまう。素早くなんてもうできない。

 奴は苛立ちを露わにし一瞬にしてこの場を制圧した。


 こいつ強い……!! サラマンダーとは比較にならない……知能があって明確にこちらの嫌がる動きをしてくる!!


「はぁ……興醒めだ。もういい。お前らを気絶させて運んで仕事は終わりだ」


 ボクのつけた傷も十数秒も経たず自己再生により治し、一番近くに居たボクに向かって拳を振り上げる。


「おぉ〜やってるねぇ」


 やられると思ったその時背後から男性の声が聞こえてくる。奴の手がピタリと止まり声のした方に注意が向く。


「誰だ貴様……?」


 現れたのは黒髪の中年の男性。渋さとスタイリッシュさを感じさせその年特有の魅力を備えている。


「オレ? 通りすがりのただの一般人」


「嘘をつくな。一般人なら魔族の俺を見て逃げ出すはずだ。いや……余程自分の実力に自信がある馬鹿か?」


「馬鹿か……これでも結構良い所出てるんだけどな……おじさん悲しいかも。ま、いいや。お前魔族だろ? 殺す……!!」


 浮遊していた蜂が突如針を向けるように。彼は突然鋭い殺気を放ちボクよりも素早く魔族に急接近する。水属性の魔法を使っているのか、彼の両手には水の塊が纏わりついている。それが移動した後の空間に幾分か滞空し線を描く。


「アイスランス!!」


 ボクの時とは桁違いの速さで氷の槍が複数本飛ばされるが、男はそれを流れるように全て受け流す。あの鋭い槍をだ。あの槍に余程の信頼を置いていたのか、次の一手が繰り出される前に、ほんの一瞬の間に表情が絶望を孕んだものへと変わる。

 

「じゃあな」


 右手に纏っていた水の揺らぎがなくなる。そして突き出すのと同時に水は棘のような形に変形し奴の腹部に突き刺さる。ボクのナイフとは比較にならない程深々しく刺さり噴水の様に血が溢れる。


「ゴハッ……!!」


 貫通はしていないものの内臓が傷ついたのか、奴は口からコップ一杯分の血を吐き出す。


「死んで……たまるかぁ!!」


 奴に突き刺していた水が端から凍り出す。男はすぐに魔法を解除して跳び下がるが、魔族は必死の形相で氷の槍を飛ばしまくる。それに正確性などはなく、全方位に槍が飛ばされる。


「やべっ……!!」


 男はまずボクの腹部を容赦なく蹴りセリシア達の方まで転がし、ボク達三人に向かってくる槍を弾き返してくれる。


「人間は仲間想い……そこが弱点だ!!」


 奴は一発大きな氷柱をボク達の前の地面に突き刺しそこから夥しい量の冷気が噴き出す。それ自体にダメージはないが、発生する白い霧のせいで奴が視界から消え去る。


「ちっ、逃げられたか……」


 霧が晴れた頃には魔族の姿はどこにもなく、ボクは探そうとしたものの立ち上がった瞬間視界が大きく歪む。先程の魔族の一撃に、仕方ないとはいえ目の前の男性からもらった蹴り。アドレナリンが切れて意識が朦朧としだす。


「って、おい……大丈夫か?」


 男性の声が脳内に低くゆっくりと響く。やがて立っていることすらできなくなり、ボクは膝をつきゆっくりと闇へと意識を落とすのだった。

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