咎喰みの祓魔師 発売記念短篇【Before Phobia】
深川我無
1-1【雨礫】
それ以外は厭に静謐としていて、声なき者の声まで聞こえてきそうな程だった。
四角い四畳半には骸が一つ。
そして足を折り曲げ座り込む小さな少年。
それだけだった。
骸の姿は奇怪で、裸体を器用に折りたたみ、肩の上から両足を前に突き出して床に垂れ下がった両手でバランスを取っている――さながらアシカのような格好に仕立て上げられていた。
何より異様だったのは、切り取られた陰茎などではなく、肛門から伸びた青いホースが喉に絡みつき、男の口に挿入されている点だろう。
司祭の一人がチラと少年に視線を移した。
少年はショックの為か目が虚ろで、その目は何をも見てはいない――まるで蝋人形のように固まったまま動かない。
それどころか言葉を失くしてしまったらしく、先ほどから何度声をかけても口を動かす素振りも見せず、終ぞ声を聞くことは叶わなかった。
「やれやれ……唯一の目撃者がこれではなあ……」
ドアを開いて現れた刑事の言葉で、二人の司祭が同時に振り返る。
くたびれたグリーンのモッズコートは肩の部分が濡れて黒く変色していた。
「どうですか神父様? やはり悪魔憑きの仕業ですかい?」
男の澱んだ目には怯えた様子が見られない。
悪魔との戦争をくぐり抜けた今の世界では、こんな現場は日常茶飯事なのかもしれないと、司祭たちは思う。
「いいえ。まだはっきりとしません。悪魔憑きの仕業であるなら超常の類が存在することを認めなければ」
「へえ……超常の類というと?」
「人間には再現不可能な事象です。空を飛んだり、消えたり、知らないはずの事実を知っていたり」
「なら悪魔の仕業で間違いないでしょうよ? ここは密室で、扉も窓も溶接されてたんだ。そこに落っこちてる機械でね」
刑事は床に転がる家庭用の電気溶接機を顎で指して言い放った。
「まだわかりません。悪魔憑きがなぜ道具を使ったのかも不明です。それにここは厳密には密室ではありません」
「どういう意味だい?」
刑事の男は片方の眉をぴくりと動かして尋ねた。
二人の司祭は同時にゆっくりと同じ方へと目をやり固まる。
刑事の男も司祭の視線を追ってそれを見た。
「ここには、この少年がいました。彼の存在がある限り、事件当時もこの部屋が密室だった証拠はありません」
「こんな小さな子どもが溶接して目張りを……? 神父様方、それは本気ですかい?」
「ええ……悪魔は狡猾にして巧妙ですから……」
訥々と、雨粒が窓を叩く音だけだった。
それ以外は厭に静謐としていて、声なき者の声まで聞こえてきそうな程だった。
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