第47話 疾走する四人、裏切りの都
信蓮寺を飛び出した四人──宵乃、日野介、犬飼、そしてカナギは、都の中を駆けていた。昼下がりの陽光に照らされ、乾いた土の道を走る。足元からは小さな砂埃が舞う。
白狐姿のカナギは途中で自ら走るのをやめ、日野介の肩に飛び乗った。日野介は腰に刀をさし、後ろに束ねた長髪を揺らして走る。
「日野介、どう思う?」
カナギが問いかけた。
「何がだ?」
「”黒衣のもの”たちだよ。何か不自然じゃないか?」
「不自然……?」
走りながら日野介は尋ね返す。
「あぁ、これまでずっと姿を隠してきた奴らが、この都では堂々と動き回ってる。今までとは違いすぎる」
「確かにな……」
日野介が短く唸る。
「奴らの真の狙いは何だ?本当に帝の霊力が目当てなのか?それとも、武力で都を制圧することか?」
「どちらも信じがたい話だがな……だが、何か引っかかるな」
日野介は目を細める。
「カナギ、何か考えがあるの?」
横を走っている宵乃が問う。
「……いや。何かを見落としている気がするが、今はまだわからん」
カナギは首を振るように尻尾を振った。
宵乃の腰に忍ばせた鈴は、かすかな音を響かせ続けていた。耳に残るその音は、風に混じってどこか不穏だ。まるで遠くから宵乃のことを呼び寄せているようだった。
先頭を走る犬飼は、風を切る音すら立てず、まるで影が駆けるようだった。その忍びの走り姿に、良いのはコモリのことを思い出した。
(……コモリは、無事なのか)
宵乃は不意に胸を締めつけられた。コモリが内裏に潜入してから全く音沙汰がないのだ。
そのとき、犬飼が肩越しに振り返り、声をかけてきた。
「千空照雅から、茂吉と紫の刀を持つ男を追えと頼まれた。だが……紫の刀の男は見当たらなかった。お前たち、何か知らないか?」
日野介が、わずかに息を弾ませつつも応じた。
「奴に俺の師を殺された。あの紫の刀を持つ男だ──昨夜、都で戦ったが、勝てなかった」
犬飼が顎を引き、低く唸るように返す。
「ふむ……師の仇とはな。しかし、昨夜、都にいたのか。先ほど俺の術で居所を探ったが……すでに都の中にはいないようだ」
その言葉に割って入るように、日野介の肩に乗ったカナギが声をあげた。
「内裏に潜んでいることは考えられんか?」
犬飼の目が一瞬鋭く光り、短く頷いた。
「なるほど。あそこなら、結界が張られていて、術で探るのは難しい」
「まさか。内裏の中にいるなんて」
日野介の顔が険しくなる。
「……嫌な予感がするな」
カナギの呟きは、風の音で消えていった。
宵乃は鈴をぎゅっと握りしめた。やはり鈴はかすかに震えており、音を響かせ続けている。宵乃の心の奥がざわめいた。
(今なお、誰かが結界に力を加えている……)
それを止めなくては。
「……急ごう」
宵乃の言葉に応じ、三人と一匹は息を合わせて足を速めた。
内裏の南御門が見えてきた。さっきまで押し寄せていた群衆の姿はすでに消え、門前にはちらほらと人影が残るばかりだった。南御門の前には、警備の兵士たちが整然と並び、その中に千空照雅と道継の姿があった。
宵乃たちの駆け寄る姿に気づいた照雅が驚きの表情を浮かべた。
「宵乃!何があった!」
声を張り上げる照雅に、宵乃は荒い息をつきながら告げた。
「内裏の結界が……乱れています。何者かによって」
汗に濡れた額。震える声。宵乃の焦りが場の空気を張りつめさせた。
「どこだ!場所は!」
照雅は真剣な眼差しを向ける。
「……わかりません。さっきから探っているんですが……」
「南西の角じゃないのか?」
犬飼が割って入った。
「昨夜、あんたらが奴らに遭遇した場所だろう?」
日野介が頷く。
「……結界の異変があったところ」
宵乃も頷いた。
「決まりだな」
犬飼はそう言うと、すぐに走り出そうとした。
「俺も行く」
赤い鎧を身にまとった照雅は一歩踏み出した。その鋭い眼差しには一片の迷いもなかった。
そのまま、すぐに道継に命じる。
「馬と兵を集めろ。謁見が終わったばかりだ。千代田が出てくる。道継、お前は千代田を見張れ」
「承知しました」
道継は、大柄の体を丸めて頭を下げ、すぐさまその場を離れた。照雅は宵乃たちに向き直り、静かに告げる。
「先に向かってくれ。俺はすぐに兵を連れて馬で追う」
宵乃が頷くと、四人はすぐに走り出した。南西の角までは、塀沿いを西に向かうだけだ。
◆
程なくして、馬の蹄音が響き、道継と兵士たちが駆けつけた。照雅の愛馬とともに、選りすぐりの三十の兵たち。付き合いが長い、信頼できる面々だ。照雅は自然と気合いが入った。
「道継、京極家の守りはお前に任せた。俺は宵乃たちのところへ行く」
はっ。道継は短く答えた。そして、鋭い目で照雅を見た。
「頼んだぞ」
そう言って、照雅が馬に乗ろうと後ろを向いた瞬間──
背中に鋭い痛みが走った。
「ぐっ……!」
体ががくりと崩れ落ち、照雅は地に倒れ込む。何が起こったのか理解できず、しかし、冷たく流れる血の感触で悟った。
何者かに斬られた──。
薄れゆく意識の中、そこに立っていたのは道継。無言で、手には血の滴る刀を握りしめていた。
「……な……ぜ……?」
声はかすれ、言葉にならなかった。照雅は何が起きたのか理解できないまま、目を見開いた。裏切られた衝撃、そして怒りと悲しみ──そのすべてが一瞬で瞳の奥に現れた。
道継はにやりと唇を歪めた。
「残念だったな、兄貴。俺はずっと“黒衣のもの”だったのさ。あんたの忠実な兵士たちも、な」
あざ笑うように、道継は刀を振り上げ──振り下ろした。
照雅の首が地に転がる。やがてその瞳は光を失った。
「おい、騒ぎになる前に骸を片付けろ」
道継は鋭い声で兵士たちに命じる。
「追いかけるぞ」
冷えた声が響き渡る。周囲の兵士たちは道継の声に迷いなく従い、馬に飛び乗った。
裏切りの道継と兵士たちが、宵乃たちを追うべく馬を走らせる。
血の香りが風に溶け、土に残った血が鈍く光った。
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