リベンジ クレーム処理課

みなみん

第1話 うちの犬が死んだのは、おまえらのせいだ


「おまえらのせいで、うちの犬が死んだんだぞ!!」


怒鳴り声が響いた瞬間、応接室の空気が硬直した。

「犬が死んだ」 それだけ聞けば、私だって責めたくなるかもしれない。


テーブルに叩きつけられたバッグの中には、犬の遺影とコンビニのパン袋。さらに、A4に貼られた犬の写真には、手書きで《ぽめちゃん、享年13歳》と添えられていた。


スーツ姿の男は山木雄一、54歳。

ネクタイは緩み、怒りで高揚して頬は赤い。

高級時計を光らせながら、「損害賠償」「安全配慮義務」などの言葉を並べ、まくし立ててくる。これがネットで拾った知識にしては、妙に自信ありげだ。


株式会社カンレイ堂・外部顧客対応サポート第二課。

通称 ―― リベンジ課。

企業を相手取った無茶なクレーム、また従業員から企業への訴えと言った企業を取り巻く問題を処理するために雇われる、ちょっと特殊な民間会社だ。


私はその一員、日向みお。29歳。

かつては喫茶店で働いていたが、真面目さが裏目に出てクレーム対応に潰された側の人間。今は、企業や従業員が潰されないように立ちはだかる側だ。


今回の案件は、SNSに投稿された一言「パンを食べさせたら犬が死んだ」で始まった。投稿は瞬く間に拡散され、「こんな会社のパンは買わない」と不買運動も始まり、企業が一方的に炎上していた。

企業からの相談の連絡が入ったのは、拡散が広がりを見せ、現場ではもう手に負えなくなった後だった。


投稿アカウントは匿名だったが、炎上直後にカスタマー窓口に電話をしてきた人物と『同一人物の可能性が高い』と判断されたため、掲載された写真と店舗情報、投稿時間とレジ記録の突き合せにより、カンレイ堂はある1人の名前に辿り着く。

そして私たちは、企業として正しい判断をするために面談を申し入れた。


そして今、応接室に彼がいる。


「大切な家族を亡くされた直後に、こうして足を運んでくださり有難うございます。おつらい中とは思いますが、状況をできるだけ正確に教えていただけますか?」

「うちのポメラニアンが……昨日死んだんだよ。一昨日まで元気だったのに!」

「……そうでしたか。かわいがっていらっしゃったんですね。ご体調が悪くなったのは、パンを食べてすぐ、ということでしょうか?」

「そうだよ!そのあと吐いて、ぐったりして……気づいたらもう……」

「病院には、行かれましたか?」

「行く暇なんてなかったよ。夜だったし、すぐ治ると思ったんだ」

「そうだったんですね。では、獣医師の診断書などは――」

山木はイライラ気味で私の言葉を遮った。

「ねえよ!でも原因なんて、わかるだろ!?パンを食った直後なんだから、それ以外にないんだから!」


羽場陸、34歳。

隣で淡々と記録を取り続けていた彼が、にこやかな顔から真剣な顔に一遍して、静かに顔を上げる。

「ご心痛、お察しいたします。確認ですが、ご購入されたのはチョコ入りのパンで間違いないでしょうか?」

「そうだよ!」

「ありがとうございます。では、チョコレートに含まれているテオブロミンを犬に摂取させると有害とされていますが、その点ご存知でしたか?」

「……っ、昔から食べてたけど平気だったわ!ってか、それなら普通、注意書きするだろ!?」

「この商品は人間向けの一般食品です。ペットに与えるかどうかの判断は、基本的には飼い主の方に委ねられます。」


さらに羽場は、スマホをちらりと見て、こう付け加えた。

「ちなみに過去に、こんな投稿をされていますね。『うちの犬、チョコでもなんでも食うから面白い(笑)』」と。」

「……だからって……!」

「だからとは申しません。ただ、企業のせいだと怒るには時期尚早ではありませんか?死因を獣医師に確認してからでも、判断は遅くないと思います」

男は黙った。

しばらくうつむいたまま、遺影をそっとバッグに戻し、無言で席を立ち、こちらを見ずに去っていった。


私は、羽場に言う。

「ちょっと攻めすぎじゃないですか?」

「攻めた?いや、ただ状況を説明しただけだよ。感情で動いた相手には、淡々と整理して見せた方が早い。下手に寄り添うと、余計に火がつくこともあるからね」

「……なんか羽場さんって、時々冷酷なロボットに見えるんですよね」

私は笑いながらそう言ったけど、心のどこかで(こういう人が、誰かを守ってるんだ)と思ってしまった。


「なんで、こういう人たちって自分のことを疑わずに確信を持って怒れるんですかね……」

私は、思わずそうつぶやいた。

「自分が悪いって考えたら、苦しいからだよ。『自分は正しい』と思い込み続けた方が楽なんだ。でも、その自己正当化で、会社や人が潰れても、彼らは責任を取らない」

彼の声は穏やかだが、芯がある。

「だから俺たちは、黙ってはいけない。誤解や嘘が真実になって、それが襲い掛かってくる。それはもう暴力と一緒だよ」


私は、誤解に潰された側だった。

前の会社では、客の指差しクレームで、店全体が吊し上げられたことがある。

レジの列を誘導しただけで「客を怒鳴った」「威圧的」とSNSに書かれた。実際の監視カメラの映像はあった。でも会社は出さなかった。火に油を注ぐな、と。

結果、炎上。

私は現場を外され、店は閉店。


誰も守ってはくれなかった。

……だから今は、誰かを守れる側でいたい。

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