ヴィランとして

《side:黒瀬レイヴ》


 崩れ落ちた高層ビル群の向こう、立ち上る黒煙を見つめて、ゴーリーが鉄骨の上に胡座をかいていた。


 私が持ってきた肉をパンで挟んで、ワインを瓶ごと飲んで流し込んでいる。


 爆風の名残で髪が乱れているが、あれが気にするような性格ではない。


 その顔は笑っていた。だが、私には見える。


 あの笑みの奥にある、焦りのようなものがあるように感じられたのは気のせいだろうか?


「ずいぶん派手にやったわね。次は何棟崩すつもり?」


 私は瓦礫の上を、スーツの裾を気にすることもなく踏み越え、彼の隣に立った。


「熊のところの秘書姉ちゃんには感謝しているよ。飯は助かる」


 ゴーリーは笑う。豪快に。だが、その目は私の反応を探っていた。


 ああ、やっぱり。あなたもまた、見られることを望む者。


 誰かに目撃されることで、自分が存在することを確認したい、そういう類の男だ。


「まさかただの八つ当たりってわけじゃないでしょう? 元ヒーロー様が、自分の拳で正義をぶっ壊す理由ってのを聞いておきたいの」


 私はそう言って、足元の瓦礫に腰を下ろす。


 そして彼と同じ目線で、街を見下ろした。


 夕暮れの空が赤く染まり、遠くでサイレンが鳴っている。


「理由か……簡単なことだ。俺はヒーローだった。誰かを守るために戦ってきた。でもよ、今の世の中、誰を守ったって政府の都合次第で危険物扱いだ。それはどこか歪でおかしいんだよ。だから政府の犬に成り下がったヒーローも、ガーディアンも殺す。昔のヴィランは力だけで語ったもんだ」


 ゴーリーの目が、焦げた空を見上げた。


「年を取って、力が鈍ったら、型落ちってレッテル貼られてよ。サイボーグ化って言葉で釣られてみたが、結局あれは操れる兵器を作るための器だ。ヒーローじゃない。使用可能な個体ってやつだな」


 吐き捨てるような言葉。


 それは、誰よりも正義を信じていた男が、それを裏切られた者の声だった。


「政府が正義を売り物にしてるなら、俺はそいつを壊してやる。そういうシンプルな話さ」


 私は黙って聞いていた。感情の吐露。動機の開示。すべては彼の「演出」だとわかっていたから。


「次はどこを壊すつもり?」


 核心に踏み込むと、ゴーリーの口元がさらに笑みを深くした。


「中枢記録塔……通称『記録の墓場』だ。市民情報と異能登録、ヒーロー評価データ……全部、あそこに詰まってる。政府が人を監視するために作られ場所だ。あそこを壊せば、全てのデータが消える」


 私は軽く眉を上げる。


 中枢記録塔。


 それは都市の中央にある巨大な円柱型の構造物で、ヒーロー制度と市民の管理を支える頭脳ともいえる場所。


 そこを壊す。それは都市の記憶を破壊すること。


「なるほど。やるなら効果は絶大ね」

「だろ? 記録がなきゃ、誰が英雄かも、誰が悪党かもわからねぇ。ただの人に戻る」

「それを望んでるの?」

「いや、ただ白紙にしてえだけだ。そっから始める奴らが出てくればいい」


 まったくもって理屈は通ってない。だけど、解放を望むリベレーターたとしては最も正解に近い。


 そして、それは最難関なことでもあるとリベレーターは知っている。


 だが、それが剛田強なのだろう。拳でしか語れない者。


「この世界はあの大戦以降さらに歪みが酷くなっている。大戦が起きるまでは、ヒーローは市民を助ける正義の味方。ヴィランは己の力を示す存在でわかりやすかった。だが、それらが衝突して、世界が壊れたとき、結局一番の利益を得たのは政府だった」


 彼の語りは、どこかで寂しさを含んでいるように思えた。


 でも、それを見せる者として選ぶのなら、私は仕事として見守るだけ。


「なら、私はその白紙の瞬間を観測させてもらうわ。あんたの拳で何が壊れ、何が残るのか」

「おう。せいぜい見とけよ、秘書の姉ちゃん。次も、ド派手にいくぜ?」


 ゴーリーが立ち上がる。


 その背に夕陽がかかり、破壊者としてのシルエットを照らす。


 私はその後ろ姿をしばらく見つめていた。


 この街がどれほど正義を語ろうと。拳一つで、物語を作る男がいる。


 そして、もう一人私はそんな人物を知っている。


 ヒーローとリベレーターが争う世界で、ヴィランを語って誰よりも目立とうとする。


 シンクロノス、彼が今の世の中で唯一の悪の象徴となるのか、そして、ヒーローだった新たなヴィランが全てを破壊するのか、私はそれを誰よりも愉しみにしている。


「社長から、必要な物資があるなら提供すると言伝を預かっているわ。何でも言ってちょうだい」

「ありがてぇな。だが、食料だけで十分だ。俺の拳は、爆弾やミサイルよりも威力があるからな。この身一つでやれる。それに俺はもう先はない」

「先はない?」

「いや、なんでもねぇよ。さぁ、おっ始めようぜ!」


 立ち上がって街を見下ろすゴーリーの背中は、先ほどよりも小さく見えたような気がした。

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