ライバル心

《side:黒瀬レイヴ》


 喧騒が去った後のステージ。


 逃げ惑う群衆のざわめきが残る中、私は静かにその光景を見下ろしていた。


 全てを見届けた。リベレーター・ジャッカルの襲撃。


 犬牙隊の侵入。


 そして、それを食うようにして現れた、黒仮面のシンクロノス。


 メカニックとしての力しか知らなかったけれど、彼の戦闘を見て確信した。


「……あれが、ヴィラン」


 かつて、この世界ではヒーローとヴィランと呼ばれる正義と悪の大きな戦争があった。


 今では正義であるヒーローが勝利して、ヴィランという言葉の代わりに政府に対する解放軍として、リベレーターという言葉に変わり。


 私たちは抗う者になった。


 だけど……。


「個人で成立している戦闘力なのね」


 低く、胸の奥で声を吐く。


 誰かに聞かせる言葉ではない。自分に刻みつけるための、覚悟の呟きだった。


 私の役割は、あくまでセントレア内部での監査だ。


 今回の現場も、ジャッカルの仕事を確認しにきた。


 ヒーローに痛手を負わすことで、政府に対して、反逆を示し危険な存在がいることを知らせることで、こちらの要求を求める機会を得る。


 そのための礎として、ジャッカルは新人を潰すという仕事において成功を収めていた。


 だが、その予定を覆した男がいた。


 仮面を被り、変声機で声を変え、独自に設計したAGを身に纏い、あろうことかジャッカルを見せ場に仕立て上げた末に、圧倒した。


 自己中心的で、今はヴィランと名乗ることがなくなったこの世で、ヴィランと名乗る。


「面白いわね。あくまで自分勝手にヴィランを名乗って好き勝手に暴れ回る。あなたこそが真のヴィランだと言いたいのね」


 私は、戦闘後に逃げるジャッカルたちを手引きした。


 観客の裏導線、ガーディアンの感知外を突いて脱出経路を与えた。


 観客の中にもセントレイの構成員を混ぜて、ジャッカルたちが侵入から、脱出までが行えるようにしてある。


 ガーディアンの足止めをする一般人や、撹乱する際にスモークや爆発をする工作員などは気づかれずに私が手配した。


 これが私の仕事だ。


 だが、今回は全てをシンクロノスに持って行かれた。


 目に映っていたのは、獣のように暴れるリベレーターでも、熱血バカなヒーローでもない。


 舞台のすべてを奪い取った、仮面の悪シンクロノス。


 ……完璧だったわ。すべての動きが、演出が、想定と予知の上に成り立っていた。


 それは政府に対して、自分こそが訴える者であるという意思があり、悪の美学。


 彼自身が言っていた言葉を体現している。


 力があることは見ればわかる。


 だが、それだけではなかった。あれは戦いではない。


 悪として、政府や人々に訴えかける舞台だ。


 敵に勝つのではなく、観客の心を掴みにきた。そこがヒーローでも、リベレーターでもない、ヴィランとしての構築美。


 そして何より、私は、一人の観客になってしまっていた。


 登場シーンで驚かされて、退場までがあっというまで見入ってしまう。


 シンクロノスが踊る舞台で、私の名は誰にも届かなかった。


 ……ああ、イラつくわね。誰よりも力を持ち、誰よりも見られる場所に立ったくせに、あんたは悪と名乗るだけ。


 正義でも、悪でもなく、ただ目立つために戦った。


 なんて、浅ましい。なんて、愚かしい。


 だけど……


「……美しいと思った」


 息を吐いた。悔しさすら感じるほど、あれは私の理想に近かった。


 リベレーターは政府を変えるための組織だ。


 ただ、ヒーローを叩きのめせば勝利ではない。


 世界を変えてこそ意味がある。


 だからこそ、私は思う。


 次にあいつが現れた時、私は、真正面から叩き潰す。


 憧れなんて認めない。興味なんてない。


 私の中にあるのは、ただの競争心だ。


 あれほどの悪を、あれほどの舞台を、自分の手で超えてみせる。


 悪としての在り方を、仮面の下の人間を、私は見極めたい。


 覚悟しておきなさい、シンクロノス。


 私の名はクロウ・レディー。あなたの仮面を剥がすのは、この私よ。


 静かに踵を返し、雑踏に溶けた。


「クロウ・レディー、助かったぜ」


 息を切らせたジャッカルが脱出に成功して、私にお礼を言いにきた。


「これが私の仕事だから。だけど、あなたは無様に負けていたわね」

「違う! あれはおかしなやつが邪魔をしたからだ。あれがなかったら、俺は勝っていたんだ」

「どうでもいいわ。任務は失敗。社長には自分で報告して。私は帰るわ」

「おっ、おい!」


 いつもうるさいぐらいに付き纏っていたジャッカル。


 だけど、今の私にはあんな男は見えていない。


 シンクロノス、次にあなたと戦うのは私。


 私は自由な都市を手に入れる。


 そのための戦いを……私はやめない。

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