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 私の実験は失敗した。最悪な形で。こんなミスが世に出てしまったら、私は間違いなく破滅し、妻も息子も私を軽蔑することだろう。

 

 私は意識の研究をしていた。そう、その意識だ。特に力を入れていたのは、自分の意識を他の物体や生物に移す、というものだ。いいテーマだろう。

 ところが今日の実験で、失敗してしまったんだ。この日本のどこかの誰かが、テテュス星のという星の誰かと入れ替わってしまったんだ。最悪だ。

 しかし、不幸中の幸いというべきか。テテュスで主に使われている言語、海出語は構成単語が奇跡的なほど日本語に似ているんだ。そう簡単には露呈しまい。

 ああ、くれぐれもこれは秘密にしてくれよ。あんたのバーはそれが売りなんだろう?

 じゃ、今日はありがとう。なんだかすっきりしたよ。はい、お釣りはいらないよ


 バーを出て、私は帰路に着く。言うまでもなく暗闇で、街灯だけが黒いゼリーを切り抜くみたいに道を照らしている。

 家に帰りたくない。漠然とそう思っている。今回のミスがバレてしまうのも怖いが、それ以上に息子と話したくないのだ。

 息子は高校生なだけあって、反抗期真っ只中だ。私なんてしばらく話していない。

 月の光はスポットライトになり、私を悲劇の主人公として照らしている。

 そうして私は家に到着し、扉を開ける。ドアノブを握った手はひんやりしている。

 玄関の先にある光景を、私は最初信じられなかった。息子が、母を殴っているのだ。私は彼を羽交締めにして、怒鳴った。心から叫んだ。大声で罵った。ついには、「死んでしまえ」とこぼしてしまった。

「お前なんか、みんなに嫌われるんだ。社会に疎外されるんだよ!」

 すると息子は怪訝そうな顔でこう言った。

「ところで、誰に?」

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意思は明確で、対象が不明確な殺意 宇宙(非公式) @utyu-hikoushiki

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