意思は明確で、対象が不明確な殺意

宇宙(非公式)

1

〈ノクターン第2番が流れている。死ね!〉


 マジで全員死ね。「全員って?」

 全員は全員だ。「知らない人も?」

 知らない人は違う。「全員じゃないじゃん」

 じゃあなんて言えばいいんだ。「うるさい、死ね」

 死ね。

「君は所詮、自分の不満をぶつけるのに必死で他者を見ていないだけだよ」

「は?」

 お昼の放送の様子がおかしい。今時の放送委員会はこんな殺伐とした雰囲気なのか。周りのみんなは一切違和感を持っていないようだ。


〈いい挨拶はまずつま先から。死ね!〉


 怪訝に思いつつ放送を聞いていると、隣の川崎が急に首をこちらに回し、口を開く。水を含んだ後なのか、潤った唇がナメクジみたいに動く。

「なあタクヤ、どうしてそんな月」

 気のせいか?日本語が成り立っていない。

「ごめん、聞いてなかった」

「だから、どうしてそんな月」

 やはり成り立っていない。なんだ、みんなどうしてしまったんだ?

 

〈蟹が吹く泡は、実は高く売れる。死ね!〉


 気味が悪くなって教室を出る。何かがおかしい。廊下の向こうから先生が歩いてくる。

「こんにちは」

「こんにちは」

 先生はまともなようだ。やはり教室の奴らがふざけているのか。

「いや、違うよ!」

 先生が突然振り向き、俺にそう叫ぶ。体が跳ねた。そして気がついた。ここは学校の廊下ではなく、俺の家の廊下だ。


〈我々は受験生を応援します。死ね!〉


 本当に何なんだ。疲れているとか、そんな次元じゃない。世界自体が、作り変えられている。

 いったい誰が、何のためにそんなことを。

「ちょっとタクヤ、靴くらいなら最高でした」

 母すらおかしいことを喋っている。日本語として成り立っていない。

 だめだ、ここも侵されている。早く逃げないといけない。俺は玄関に走り、扉を開けた。扉はスクイーズのように柔らかく、掴みにくかった。

 ドアノブを触った後の手は酷くベタベタしている。


〈ヒトはいつか死ぬ。みんな死にます。死ね!〉


 体に電撃が走る。比喩ではなく、実際に、だ。目の前が暗くなる。視界は電源がついていないみたいに暗い。

 それでも聴覚だけは残っている。もはや知らない言語での会話が聞こえている。意識を失う最後に、聞き慣れた少女の声がこういうのが聞こえた。


〈ところで、誰に?〉

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