第16話 ふたりの作戦会議
「ア、アルマさん! あのお手紙は一体何なのですか!?」
日曜日の午前九時。
カランカランとドアベルを大きく響かせながら、スカートを揺らした純蓮が慌てた様子で店内に駆け込んでくる。彼女は肩で息をしながら、カウンター越しの彼に向かって紙を広げた。
『本日午前ルミナリクにて待つ』
一枚の真っ白な紙に筆のようなもので荒々しく書かれた文字は、一見しただけでは果たし状のようにしか見えやしない。
「朝、目が覚めて窓を開けようとしたら窓にこんなものが貼られていて……。わたくし心臓が止まってしまうかと思いましたわ!?」
「は? なんでだよ。簡潔でわかりやすくていいじゃねーか」
心底納得がいかないという顔で、アルマは言う。彼に言わせれば、あの紙は連絡先を知らない純蓮へ集合場所を端的に伝えるための名案らしいのだが、どうも気遣いが斜め上に飛び出している気がしないでもない。
「まぁ確かにおかげで迷わずにここまで来ることはできましたけれど……」
「ほら、そうだろ?」
ふぅと息をついた純蓮に向かい、彼は満足そうに笑う。純蓮はそんな彼を横目に手首を返し、手紙をまじまじと眺めた。やはり見れば見るほど果たし状のようにしか見えない。
「……そういえば、ずっと気になっていたのですけれど、『喫茶ルミナリク』というのはどういう意味なのですか? 初めて聞いた時から不思議な店名だなぁと思っていたのです」
「ん? あー、それは……」
そこまでを言うと、アルマは考え込むように顎に手をやってから口を開く。
「たしか……、光とかって意味のルミナス? ってのともうひとつ意味があんだけど……。まぁそれは追い追いってことで」
「えぇ! なんでですのっ!」
アルマの返答に純蓮はぷくと頬を膨らませるものの、まあまあとアルマは子どもをなだめるように笑ってみせる。
「つーかそんなことより、まずは作戦会議にしようぜ」
そう告げると同時に、彼はどさどさと大量のファイルや紙の束をカウンターの上に載せていく。
「まずはこれ。お嬢サマの父さんの一日のルーティンだろ? あと、お嬢サマの父さんの今までの経歴に、一之瀬家のほかの情報と……」
「な、なんて量なんですの……?」
ひとつひとつの説明をしながら、彼は手際よくファイルを並べていく。純蓮はそれを、ぽかんと口を開けて、見つめていた。
「いやいや、驚くのはまだ早いっての」
これを見ろ、とどこか自慢げな表情をしながら、彼は紙束を純蓮へ差し出した。そこには見慣れた荒い筆跡で、「復讐計画案A」という表記がされている。
「これは……、一体?」
おもわず眉を寄せながら、彼女は視線を巡らせる。そこにはずらりと文字や図が並んでおり、多少粗雑ではあるものの時間をかけてつくられたということが一目で分かるようだった。
「どうだ、お嬢サマ? 俺的にはD案なんかがオススメなんだけどさー」
にこにこと笑いながら、彼は計画書に視線を向ける。純蓮は計画書を握る手にぐっと力を込めて、おそるおそると口を開いた。
「アルマ、さん。……どうしてアルマさんは、わたくしのためにそこまでしてくださるんですの?」
「……どうしてってのはどういう?」
純蓮の問いかけに、アルマは不思議そうに首を捻る。そんな彼の態度に少々面食らいつつも、彼女は言葉を続けた。
「……わたくしはアルマさんにわたくしを殺して欲しいと依頼をしました。確かに店長さんが依頼を受けるようにとおっしゃいましたけれど……、アルマさんがこんな風にわたくしのために時間を割く必要なんてありませんし、依頼を断ったってよかったはずなのです」
アルマは純蓮のために調査をするだけでなく、休日を潰してまで共に出かけてくれた。どうしてそこまで、と考えても不思議ではないだろう。
純蓮はそろりとアルマを見上げる。
「だから、……どうしてなのかが、分からないのです。アルマさんは……、何故わたくしなんかのためにここまでしてくださるんですの?」
純蓮のそんな疑問に、アルマはんー、と唸りながら腕を組む。そして目を閉じてなにやら考えたあとで、彼はおもむろに口を開いた。
「なんつーか、ほっとけなかったんだよ。アンタの……、自分だけで全部抱え込んで、心配かけないようにって無理に笑ってる感じがなんか……、」
彼はそこまでを言うと、ぴたりと動きを止める。その瞳はここでは無いどこか遠くを捉えているかのようだった。
「……アルマさん?」
純蓮の声にはっとしたように顔を上げると、彼は笑う。
「まあ、なんかほっとけなかったんだよ。多分それだけだ」
そう言い残すと彼は、まだ飲み物出してなかったな、とカウンター越しの純蓮に背を向けた。
結局なぜアルマが純蓮の依頼を引き受け、親身になってくれるのかの明確な理由は分からずじまいだ。ただそれでも、打算のないその優しさはじわりと純蓮の胸に広がったのだった。
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