第13話 涙のわけは

「だから、わたくしは大嫌いな自分の死をもって大っっ嫌いなお父様に復讐してやりたいのです」


 純蓮はそう告げ、アルマからそっと視線を外した。純蓮の話を聞いたアルマがどんな反応をするのか確かめるのが怖かったのだ。


 純蓮は下を向いたままで小さくつぶやいた。


「……軽蔑、されましたか?」 

「はぁ? ……なんで?」


 彼は心底意味が分からないという顔で純蓮を見る。その表情に、今度は純蓮が目を丸くする番だった。


「だ、だっておかしいじゃありませんか。……お父様に認めて貰えなかった、という理由だけで復讐してやろうと思うだなんて」 

「いやいや、なんかじゃないだろ。お嬢の父親はお嬢サマがいちばん辛いときに寄り添うどころか、突き放したんだし。しかもお嬢サマの努力も認めずに紙ぐしゃぐしゃにするとか……とんだクソ親父じゃねーか。俺なら絶対ぶん殴ってるね」


 多分三発くらい、とアルマは指を三本立てながら言った。そして言葉を失う純蓮に向かい、こう続けたのだ。


「そもそも……お嬢サマの母さんが死んだのだって、お嬢サマのせいなんかじゃないだろ」 

「違いますわ! ……わたくしが駄菓子屋に行きたいだなんて言わなければお母様はあんな事故に巻き込まれなくてすんだのです! だから……、全てわたくしのせいなのです」


 純蓮はぐっと膝の上の手に力を込める。しかしアルマは、純蓮の返事に首を捻った。


「いや……、やっぱその理屈が納得いかないんだよな。だって事故が起きることなんて予測できっこないんだし、事故にあったのは偶然だろ? それともお嬢サマは母さんを事故に遭わせてやろう、なんて考えて駄菓子屋に行きたいって言ったのかよ?」 

「そんな、そんなわけありませんわ!」


 純蓮はガタリと立ち上がり、腹の底から言い返す。するとそんな純蓮の様子を見て、アルマはまっすぐに言い放ったのだ。


「じゃあやっぱりお嬢サマのせいじゃねえよ。つーかどう考えてもいちばん悪いのは持病だかなんだかで意識飛ばしてた運転手に決まってるじゃねーか。……なんでお嬢サマはそんなに自分のことばっかり責めるんだよ」 

「それは……」


 純蓮は思わず口ごもる。少しの沈黙のあとで、アルマは静かに珈琲カップを手に取りつぶやいた。


「お嬢サマの母さんは、自分もトラックに轢かれそうで危ないなか娘を守るために最善の行動をしたんだ。そんなのなかなか出来ることじゃねえよ。……お嬢サマは本当に母さんに愛されてたんだな」


 アルマは、視線を手元に向けたままでこう続けた。


「それに、そんなクソみたいな父親の下でも腐らずにここまで努力できたなんてお嬢サマはすげーよ。お嬢サマの優しさは母さん譲りなのかもな」


 アルマはそう言い終えると、顔を上げ笑顔を見せる。ただ純蓮の顔を見たとたん、ぎょっとしたように固まった。

それと同時に純蓮は気付く。あたたかな涙が頬を流れていることを。その涙は、いつまでも頬を伝って、枯れ切ることはない。


「……っす、すみませ。ごめっ、なさい。いま……、とめます、から」


 なぜ自分が泣いているのかもわからないまま、純蓮の両目からはぼろぼろと涙がとめどなく溢れてくる。


 いや、きっと純蓮は自分がなぜ泣いてしまったのかをもうわかっていた。


 今までずっと母が死んでしまったことも、父が家へ帰らなくなってしまったことも、全部全部自分のせいだと思っていたのに。アルマは真っ向からそれを否定してくれたのだ。

  

 アルマは未だに止まらない涙を拭っている純蓮の頭にぽんと手を置き、彼女に優しく笑いかけた。


「……今までよく頑張ったな。もういっそスッキリするまで泣いちまえ」


 俺は何も見てねーことにするから、とアルマはいたずらっぽく笑い、しーっと口の前に人差し指を一本立てる。


 そのとき、ずっと純蓮の心のなかにいたひとりぼっちで幼い純蓮の孤独が、努力がやっと報われたような気がして。


「ア、ルマさん……っ。わた、わたくしはっ……。ずっ、と…ずっと…っ!」

「おうおう、落ち着けって。ほら、大丈夫だから」


 子供のように泣きじゃくる純蓮を見て、アルマは優しく笑う。そして彼は、純蓮が泣き止むまでずっと、ずっとそばにいてくれたのだ。

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