第6話 お友だち(仮)との予行練習

「あれお嬢サマ? ……もしかして待ってた?」


 待ち合わせの十分前に集合場所へとやって来た彼は、驚いたように純蓮を見やる。そんな彼に対して、純蓮はぶんぶんと首を横に振った。


「いえ! わたくしも今ちょうど到着したところですわ!」


 激しく否定する純蓮に疑問を抱きつつ、アルマはそれじゃあいいか、と軽く笑った。


 今のはかなりお友達同士の会話らしかったのでは、という思考をめぐらせながら、純蓮はアルマに視線を移す。彼が着ているのは、オーバーサイズのスタジャンと黒いズボン。そしてゴツゴツとした大きめのスニーカーだった。喫茶店の制服ではなく若者らしいストリートファッションに身を包んだ彼は、なんだか少し幼く見える。


「そんじゃ、とりあえずどっか行こうぜ。お嬢サマはどっか行きたいとかある?」

「……行きたいところ。いえ、その……。思いつきませんわ」


 申し訳ありません、と肩を落とした純蓮に対し、アルマはにかりと笑顔を向ける。


「まぁまぁ心配すんなって! 俺がとっておきのプラン考えてきたからさ!」


 満面の笑み、を絵にかいたような彼の表情に、純蓮はおもわず呆気に取られてしまう。


 ぽかんとする純蓮の様子も気にせずに、早く行こうぜ、と彼はそんな純蓮の手をとったのだ。


 ◇◇◇

  

「……あの、アルマさん。わたくしたちは一体……、どこへ向かっているのでしょうか?」


 電車に揺られること十数分。隣に座るアルマのことを見上げつつ、純蓮はおそるおそるとそう切り出した。


「んー、……まぁ着けばわかるって」


 心ここに在らずといった様子で彼は答える。先程までの浮かれていた彼を知っているからこそ、その変わりようがいまは空恐ろしい。

 

 ――アルマさんはこんな風でも立派な殺し屋さんですもの。もしも闇カジノですとか、違法な闘技場ですとかのような怖い場所に連れていかれてしまったらどうしましょう!?


 あわあわと慌てる純蓮の心中など知らぬまま、アルマは駅名を見て、あ、と声を上げる。


「ほらお嬢サマ! 次の駅で降りるぞ」

「ぴゃ……! わ、わたくしさすがに命を賭けごとの場に出すのはよくないと思いますわ……!」

「はぁ? なに言ってんだよ。ほら早く降りんぞ」


 純蓮のとんちんかんな返答に困惑しながら、アルマは純蓮に声をかける。すぐに立ち上がったアルマに続きつつ、急いで二人は電車から降りたのだった。


「……こ、ここがアルマさんのおっしゃっていたとっておき、ですの?」


 ぽかんと口をあけながら、純蓮は目の前で開いた門を見上げた。目に映るのはカラフルな装飾と、楽しそうに笑う家族連れの姿。

 しかも隣に立ったアルマはどうだ、とでも言うように自慢げな表情を見せている。


「おう! どうだお嬢サマ! こんなとこで遊びまくれば、もう楽しくて死にたくなんかならねーだろ!」


 そう言った彼の後ろに広がるのは、都内屈指のテーマパークだ。敷地こそそこまで広くは無いが、昔ながらの王道アトラクションから最新技術を駆使した最新アトラクションまで様々なアトラクションが並ぶこのテーマパークは、休日のお出かけスポットとして、子供から大人まで幅広く愛されている。


 彼は懐から二枚のチケットを取り出すと、そのうちの一枚を差し出して純蓮の手に握らせた。


「これはお嬢サマの分な! そういやお嬢サマはここ来たことあんの?」


 結構近場だし、と疑問を口にするアルマから目を逸らしつつ、純蓮は記憶を辿り始める。


 あれは純蓮がまだ幼稚園生だった頃だろうか。太陽のような笑みを浮かべながら純蓮の手を引く母と、そんな純蓮たちをなんだかいつもより柔らかい雰囲気で眺めていた父の姿を思い出す。

 

「え、ええと……。昔……、本当に幼い頃に、お父様とお母様と三人で来たことがありますわ」

「ふーん、なるほどな。友達とかとは来たことねーの?」

「うぐっ!? あ、ありません、わ……」


 またもや鋭く突き刺さる言葉のナイフに苦しみながら、純蓮はしおしおとそう答える。そんな純蓮を笑うでもなくアルマはからりと言葉を続ける。


「そっか。まぁ、俺はそもそも来た事ねーんだけど……。そんじゃあ遊園地慣れてない同士ってことで、めいっぱい楽しもうぜ!」

「そ、れは……。……えぇ、そうですわね。せっかくここまで来てしまったのですもの! 仮……とはいえ? 初めてのお友達とのお出かけですもの! 楽しまなくては損というものですわ!」


 同意を求めるように笑うアルマに応えるように、純蓮はぐっと握った手を高く掲げる。そんな純蓮を見て満足そうにアルマはその意気だと笑った。


 そんな、穏やかな一日のはじまりだった。

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