Ⅷ
低木を飛び越えて小路に入れば、すぐに音の発生源に辿り着く。
一軒家が並ぶ通りにはぽつぽつと車が停車し、道路を圧迫していた。その中央で電子拳銃を構える小柄な男と、尻もちをついた二人の人影。
視界の端で、庭にいたらしい住民が慌てて室内に逃げ込むのが見えた。薄青いホースが歩道に飛び出し、水が噴き上がっている。残る通行人などは頭を抱えて伏せていた。
電子拳銃を発砲した男は、尻もちをついた二人組に照準を合わせ、再度の発砲を試みようとしていた。
ニルは右足で踏み切り跳躍し、そして右手で側転する。多機能義肢のばねがぐんと弾んで距離を稼ぐ。その音は閑静な住宅街に不快な金属音を響かせ、確かに対象の興味を引いた。
「――ッ⁉」
男の丸顔がニルの方を向く。ニルは右足を再び踏み切り、電子拳銃を握り締める手を目掛けて蹴りを放つ。
男は避けようと体を引くが間に合わない。爪先が触れ、電子拳銃が弾き飛ばされる。硬く重みのある質感に、やはりアンドロイドだと知れた。失踪者の一人は小柄の男性型アンドロイドだった。おそらく彼だろう。
ニルが着地したころには、すでに男は背を向け走り出していた。
ニルは男に襲われていたらしい二人を一瞥する。
老父と若い少女が地面に座り込んでいる。怪我を負ったのは少女――アンドロイドの方だ。ワンピースから覗く細い足を擦っている。老父はその様子に取り乱して少女の名を呼んでいた。
カラン、と電子拳銃が地面に落ちる。ニルは逃走する男の背を見据えた。
もうすぐミヒャエルが来るだろう。電子拳銃が一丁だけなら、住民に害は及ばない。男がノイエ・メンスハイトのメンバーだとして、逃がすことはどれほどの危険となるか。
思考が定まったのは、男の向かう先に人が現れたときだ。
「任せて」
停車していたセダンの後方から女性が現れ、男が横を通り過ぎる。声かけとアイコンタクト。仲間なのは明白だ。
対峙してきたのは、栗色の髪の女。黒い七分丈のシャツとグレーのパンツスーツは、ごくありふれた会社員のものだ。
その手に鈍く輝く銃を見て、ニルは再び駆け出した。
右、左と大きく跳躍して翻弄すれば、女は照準を何度も変えて後ずさる。銃に慣れていない。
「ちょっ、と、早っ……ッ!」
焦る声を余所に、ニルは一気に右足を踏み切って最後の一メートルほどを跳んでみせた。体を捻り、勢いのままに左足で回転蹴りを見舞う。
爪先に重々しい硬い感触。女の短い悲鳴と同時に銃は跳ね飛ばされていった。ガン、と停車中のセダンのリアドアにぶつかり傍に転がる。
痛みで顔を顰める女の視線が銃にあるのを見て取って、追加で腹部に蹴りを食らわせた。
「――ハッ……ッ! ……!」
乾いた息を吐ききって、女はついに脱力した。頽れていく体を支え、ゆっくりと地面に横たえる。左足で蹴ったので大事はないだろう。
ニルは転がっている鈍色の拳銃に視線を移す。
電子拳銃ではない。自動式拳銃だ。
通常の銃火器は、人間はもちろんアンドロイドにも一定の脅威である。ノイエ・メンスハイトも当然ながら銃火器を手に入れ、人間を危険に晒している。
ただ、同時に規制が厳しく秘密裏に製造するのが難しいのも通常の銃火器類だ。それに比べれば電子兵器は知識さえあれば比較的安価に、そして気づかれることなく製造できる。中には法で規制できない代物すらある。だからノイエ・メンスハイトも、同類であるはずのアンドロイドを脅かす武器を仕入れるのだ。人間に肩入れしたアンドロイドたちを支配下に置くために。自分たちの野望を打ち破らんとする障壁を取り除くために。
でも、どうして実弾の銃が……?
次の更新予定
2025年12月14日 00:00 毎週 日曜日 00:00
Neues herz(ノイス・ヘルツ) 空蝉烏 @utsusemikarasu
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