「シュテルン・ムナト通り67、画廊『シュピヌネス』の捜索については、ジロウとハンツ」

 エリカがテキパキと今日の任務の指示を飛ばしていく。華やかな化粧と髪型はさながら晩餐会に呼ばれた淑女のようだが、黒いパンツスーツと凛とした鋭い声が彼女を隊長たらしめている。ニルの視線の端で、久々に名前で呼ばれたマキジローが居心地の悪そうな顔をしていた。

「鑑識もすでに待機させてあるから、連携をとって迅速に対応して頂戴。昨夜、ようやく電子錠の解錠作業が終わったから、事務所の隅々まで調べられるわ」

「了解です」「おうよ」

「ニルとミヒャエル、ロニーとオスカーのチームは、目撃情報を元に失踪者の捜索をお願い。近隣の施設には通達してあるから、IDを見せれば出入りは融通してくれるわ」

 流れとしてはこうだ。

 まず、失踪者と売人を目撃した画廊『シュピヌネス』の家宅捜索を行う。こちらは失踪者と売人を発見した時点に入場規制と初動捜査を行ったが、証拠品が収められているであろう事務所の鍵が電子錠で施錠されており、その日のうちに捜索ができず、詳細な鑑識作業が今日まで開始できなかった。

 そして、ノイスと周辺の警察、民間人の協力を得て、失踪者と売人たちの追跡と捜索。隣の都市でも似たような大規模な捜索が行われており、期限は七日間と言われているが、それ以上の長期戦も考えられる。

「本件の最優先は、何よりも失踪者の保護よ。彼らは本来我々が保護すべき大切な市民たちなの。ノイエ・メンスハイトとの繋がりを洗うのも、黒だと断じるのも、すべてはそれが叶ったあとに考えましょう。私は、本件が進展することが、ノイエ・メンスハイトの解体とアンドロイドと人間の融和に繋がると信じてる」

 エリカは締めくくりとして、ひと際大きい声で隊員へ命じた。

「だから、着実に、確実に捜査を進めて頂戴!」

「ヤヴォール!」

 号令に応えると、隊員たちは一斉に散っていった。それぞれの車に続々と乗り込んでいく。ニルたちはニルが通勤にも使っている全自動運転車、他の隊員は配車された覆面のパトロールカーだ。

「僕たちも行きましょうか」

「ええ」

 ミヒャエルが車のキーを持って先を促す。今日はミヒャエルが運転担当である。彼は簡易的な防護服を身につけており、少し動きづらそうだ。活動服の調達が間に合わなかったので、分駐所にあるものをとりあえず着させた。相手は電子拳銃や兵器を所持している可能性が高い。アンドロイドが活動するには細心の注意を払わなくてはならない。ロニーと組むことになったオスカーも人間であるし、他の担当もアンドロイドと人間が必ず組むように配置されている。ミヒャエルにとっては、最後の盾になるのは、生身の人間であるニルだ。

 前を歩くロニーが「そういえば」と足を止めた。ニルも釣られて彼の視線の先を見る。

 一台の日本車が目に留まる。今どき珍しい、紙巻タバコのにおいが漂っていた。お菓子のようなフレーバーだ。

「マキジロー、捜査出られるんだね。電子拳銃の解析でいっぱいなんだと思ってた」

 フロントドアに凭れて一服していたマキジローが顔を上げた。白い車体と彼の黒髪の対比は、妙にしっくりくる。

 第三機動隊が所有する車はほとんどが全自動運転機能が付いている種類だが、何台かは手動運転しかできない古い車である。そうなると手動運転のライセンスを持つ隊員が、全自動運転車を他の隊員に譲り、扱いにくい手動運転車が宛がわれる。型が古くて安く購入できたという理由で流れてきた、白い日本製の手動運転車は、マキジローが配属されてきたときに自然な流れで彼の専用車のような扱いになった。彼が手動運転の、しかもマニュアル車のライセンスを持っているので都合が良かったのだ。

 咥えていたタバコを風下に除けながら、マキジローが口を開いた。

「ん。今日の仕事は、電子拳銃と違法電子製品の押収だから。捜査の繋がりで呼ばれたんだ」

 色素の薄い顔にはくすんだ隈が棲みついている。無造作に結った黒髪といい、草臥れたグレーのスーツといい、典型的なワーカホリックの様相である。

「回収が終わったら、今度は本部に派遣されてカンヅメだよ」

 ロニーがわかりやすく顔を顰めた。横にいるオスカーや、通りすがりの隊員も若干引いている。

「うわあ。ボク絶対やりたくないや。捜索の担当にされて良かった!」

「でも、そっちは戦闘になるかもしれないんだろ。くれぐれも気をつけていくんだよ」

「わかってるって! ――行こ!」

 ロニーはオスカーの背を叩いて駆け出した。黒い全自動運転車に乗り込んでいく。

「じゃ、こっちも行くよ。ニルとミヒャエルも、気をつけてね」

 タバコの火を消すと、マキジローは車に乗り込んだ。他の車の出発を待って、ゆっくりと発進していく。

 失踪者の捜索は最優先だが、おそらく最も成果を上げるのは画廊『シュピヌネス』の家宅捜索だろう。ノイエ・メンスハイトに流れた品々と同型の電子拳銃が大量に押収できる。マキジローたちの責任も重い。

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