よくある事件だと思った。アンドロイド間でも、人間間でも、双方間であっても起こり得る。これらに紛れてノイエ・メンスハイトが潜んでいるかもしれないなどと考えると、気が遠くなるような気がした。

 報告書を読み終わったところで、ロニーが更衣室から出てくる。

 黒が基調の人機総合警備部専用の活動服。ニルと全く同じ作りだが、胸元のバッジはアンドロイドを表す「A」の文字が刻まれている。義肢を装着しているニルとは違って華奢だが、真っ直ぐに伸びたシルエット。

 ロニーはニルを見て首を傾げた。円い碧眼が不思議そうに瞬いている。

「さっきから気になってたけど。なんでフード被ってるの?」

「――別に」

 急に顔を覗き込まれ、思わず顔を背ける。彼に顔を見られようと問題はない。ただの反射である。

 今日は外での活動が主になる。そちらにばかり意識が向いて、着替えたときについフードに手が伸びてしまった。確かに、室内では少しおかしい。

「ふうん」

 ロニーは諦めて着替えた服をロッカーに詰め込んだ。着替える前と同じように無理に服を押し込んで扉を閉める。彼は片付けが苦手だ。

 彼は空いた手で活動服のフードを弄る。

「ボクも現場では被ってようかなあ」

「何故?」

「ボクら現場に出て顔を見られたりしているわけだし、逆恨みとか怖いでしょ? この間の暴動事件のときもニルは派手にやってたし」

 流れるように言ってから、彼はやっと合点がいったとばかりに手を打った。

「あ。もしかして、それが理由だったりする?」

「――そろそろ出発時間になる。行きましょう」

 ニルは答えなかった。タブレット端末を鞄に仕舞い、踵を返す。ロニーがそれを早足で追いかけてきて横に並んだ。執務室に残る隊員に後を任せ、二人は階段を下りる。エレベーターは来賓か隊長くらいしか使わない。

「気にするくらいならもう少し慎重にやった方がいいんじゃない?」

「加減ができる相手ではないでしょう」

「ま、そうなんだけどさ。――そういえば聞いてよ」

 階段を反響して、溌剌とした声が響く。騒がしいとは思うが口には出さなかった。

「この間さ、また学生だと間違えられたんだよね。隊服着てたのに、だよ? ボクの方こそ、こう、隊長とかみたいにキリっと、仕事がデキる感じの雰囲気にしておかないと、仕事に支障が出ちゃいそうなんだよねえ」

 そこで彼女を引き合いに出すのか。彼の好みはよくわからない。

 今日のロニーは相当機嫌が良い。彼はここ一週間、被害者との面談の他にも、個人所有のカメラのデータ収集や管理、整理といった面倒な事務作業を一手に引き受けていた。やっとそれらから解放されたのだ。口数が多くもなろう。

 代わりにニルの方は彼の分の巡回業務を引き受けていたが、巡回と事務作業なら巡回の方がマシである。ニルも、事務作業は嫌いだ。

「まあ、間違われるのも仕方ないんだけどね。ボクかわいい系だし」

「自分で言うものなの、それは」

「言うよ、もちろん」

 駐車場まで降りると、すでに第三機動隊のメンバーが揃っていた。ロニーは大きく手を振って駆けだして行こうとする。子供か。

 去り際に、ロニーは振り返ってニルを指差す。

「あ。今日は勝手な行動とか控えてよね! ボクまで怒られるんだから!」

「わかってる」

 全員が揃い、第三機動隊隊長エリカ・ロマニティカが隊員たちの前に立つと、和気藹々とした雰囲気は鳴りを潜めた。今にも雨粒を振らせそうな重苦しい曇天の気配も相まって、駐車場には緊張が走る。

 駐車場には隊長のほか、ニル・エイケン、ロニー・ゴルド、ジロウ・マキ、予備隊員のミヒャエル・ノイスヘルツ。そして、出向している人員が数名。分駐所内に残っているのは、数名の隊員と事務員だけである。今日のために第三機動隊のほとんどが駆り出されていた。

「では、始めましょうか」

 エリカ・ロマニティカの赤い唇が不敵に笑った。

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