Ⅻ
ニルはカードリーダーから自分のライセンスを抜き取り車を降りる。その間にミヒャエルは自分のライセンスをカードリーダーに差し込み運転席へ移動した。ニルは助手席に座る前に、警光灯をルーフに取り付けた。通常、ドイツでは覆面の警察車両は一般道を走れないが、応援要請を受けての措置だ。文句は言われないだろう。
ミヒャエルのライセンスは無事認証された。人機総合警備部に配属される前に資格の確認はされているはずだから当然だが、その程度のことが目につく。彼が要領よく、流れるように物事をこなしていくのが、何か不可思議な現象のような気がして仕方がない。その度に「ノイスヘルツ」の文字が頭にちらつくのだ。まだ初対面だからだというのは理由にならない。ロニーや他の同僚のときは何とも思わなかった。
ミヒャエルは手際よく座席とハンドルの位置を調整し、シートベルトをした。ニルが助手席でシートベルトをしたのを見て、彼がパーキングブレーキを解除する。自動の様子しか見たことがないので新鮮だ。
「では、行きますよ」
「……よろしく」
対象はドイツ製の黒のクロスカントリー。他のボディタイプに比べれば、市街地では目立つ。すぐに気づけるだろう。
ウィンカーが出て滑らかに車が発進する。毎日使っているはずだが、知らない車に乗っているようだった。
「どっち方面だと思います?」
「北は中心都市だから警察が警戒している。単に警察を避けるだけなら、一般道で南に向かって、郊外に抜けると思う。警察署もないし、郊外は個人が取り付けた監視カメラくらいしかないから」
「
緩やかにドルトムントの中心部へ向かおうとしていた通りを逸れて南へ向かう。鋭角なコーナーを滑らかに曲がっていく。自動運転の動作に比べると小刻みな停止が多いが、それでも運転は上手い方だろう。一度ロニーの運転するパトロールカーに同乗したことがあるが、現場に急行するためとはいえ非常に荒っぽい運転であったのを思い出す。
緑の植え込みが美しいアパートメントが並ぶ通りは閑散としている。運転に集中しているミヒャエルの代わりに周辺を警戒する。セダンやワゴン、その他の車が行きかうのを目で追うが、同形の車すら見当たらない。一般道は無数にある。ある程度見て回ったら、あとはドルトムント周辺を周回しつつ連絡を待つしかないだろう。
目視での警戒に切り替えてから十分程度で、指令室の方から連絡が入った。車載スピーカーから緊迫した声が流れる。
『ホンブルッフで警戒中の警察官より、ナンバープレートの付いていない黒のクロスカントリーを発見。乗っているのは二人。対象車および逃亡犯と見られ、現在追跡中とのこと。どうぞ』
「追跡している車の位置情報を提供願います。どうぞ」
『了解』
車載端末に位置が表示される。現在地から、ホンブルッフまでは十分とかからない。
「この車が対象を追ってる。――案内は?」
「不要です。地図を見ればわかりますから」
ミヒャエルは車載端末に表示されたポイントを一瞥し、すぐに視線を戻した。何か考えている風だ。ルートに迷うのであれば、ナビゲーションを設定すれば良いのに。
ニルは活動服の袖を捲ってボタンを留めた。義手の無機質な色が露わになる。逞しい前腕には各種道具が仕舞い込まれていて、収納部分は切り込みのような線が走っている。
車両を押さえたら戦闘になる可能性が高い。ニルは関節の稼働を確かめ、それが終わると腰にしまっていた自動拳銃を取り出す。朝の準備の時点で掃除も装填も確認しているが、念のためだ。
「それ……使うんですか」
ミヒャエルの戸惑った声がかかる。実弾の拳銃は人間でもアンドロイドでも脅威である。慣れていなければ、傍にあるだけで落ち着かないだろう。ニルも昔はそうだった。
「念のためよ。あなたは運転に集中して」
確認を終えて、腰に差し直す。活動服に収納されたピストルと、電子拳銃も念を入れてチェックする。相手は人間か、アンドロイドか、判然としないのでどちらの対応も視野に入れるべきだ。
道路脇に建つ淡いアパートメントの外壁が、高くなり始めた太陽の光を受けて白く反射している。朝の爽やかな空気が、緊迫した車内と乖離して、ちぐはぐな気分にさせる。
車載端末に表示されたポイントがニルたちの車の表示と近づく。対象は目と鼻の先である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます