Ⅺ
「まさか、そんなことが?」
「交通警察に見つかればすぐに捕まってしまいますが、交通警察もナンバー検索システムを多用しています。やってやれないことはないかと」
盲点だった。これならば、ナンバーの知られた逃走車を使い続けることができる。気づかなかったことが恨めしい。
監視カメラシステムの高度化で、仕事の簡素化や人員削減が行われ、巡回を行う警察官の数も減少している。その上、カメラの記録に残っているとわかれば、ナンバープレートの有無をわざわざ目視で確認することもない。
全自動運転車に乗る運転手も同様だ。全自動運転車に搭載されたシステムがルートを決め、走行速度を決め、目的地や逃走車の元へ向かう。目視が必要とされるのは、事故や災害時などの緊急対応のときのみで、基本的にブレーキを踏むくらいしか操作の必要がない。
システムで該当しないと言われれば、警察でさえ納得してしまう。ドルトムント空港の警備に人が配置されているように、万全を期すにはやはり人の手が必要になるのだ。こういう事象が起こるたびに、自動化の危うさを突きつけられる。
ニルはすぐに州警察に連絡を取った。繋がったのは応援要請の詳細を説明した警察官である。彼経由で指令室に繋がると矢継ぎ早に話す。
「警戒に当たっている警察官は、監視カメラのシステムによる追跡を止め、目視での不審車両の確認を行ってください」
スピーカーの向こうで相手が戸惑うのがわかる。ニルも、いきなり言われれば怪訝に思うだろう。現代の捜査では、監視カメラ映像の解析から犯人確保に至るケースがほとんどだ。
「対象が乗る車両は、ナンバープレートを隠して走行している可能性があります。ナンバープレートがない、もしくは布か何かで隠している車が、おそらく対象車です」
対応した警察官が息を呑んだ。指令室のどよめきがスピーカー越しに伝わるような気さえした。
「逃走車を使い続けて逃走距離を稼ぐには、監視カメラにナンバーを認識させない必要があります。犯人を捜索している車両は手動運転に切り替え、該当する種類の車を探してください。また、アウトバーンの傍に検問を張るように。アウトバーン内をナンバーなしで走行すればすぐに記録されるはずですが、解析して情報が上がるまでラグが発生します」
『了解――ドルトムント内、いや周辺地域の全車両に通達しろ!』
指令室に響き渡る号令を聞いて通話を切る。数秒後には携帯端末に通達が入った。横ではミヒャエルの端末が派手な通知音を鳴らしている。今しがたニルが伝えた内容が一斉に通達されたのだ。
ニルは運転席に寄りかかる。警察は基本的に優秀で真面目である。すぐにでもナンバープレートのないクロスカントリーを見つけ、犯人を確保するだろう。
問題はニルの方だ。全自動運転のライセンスでは、目視での捜索と追跡をこなすことはできない。警察の身分とはいえ、無免許運転は許されないし、そもそも運転の技術がない。
助手席に座るミヒャエルを見る。彼はニルの方を向いていた。といっても、ニルを見ているわけではなく、運転席側のサイドウィンドウから見える車を目で追っていた。あの人形のような無表情で、真剣にナンバーのない車両を探している。
市街地は混み始めていた。朝の忙しない空気と活気が徐々に増していく。
ニルはシートベルトに手をかけた。動かせない車の運転席にいるくらいならば、外に出て探す方がましだ。
この剛脚さえあれば、一般道を走る車両を追いかけるくらいはできる。そのための手足なのだ。
「ニル」
独り決意してシートベルトを外したとき、ミヒャエルが呼び止めた。
「悪いけど――」
ここで待っていて。言おうとした言葉は遮られた。
「席、替わっていただけませんか?」
義手にミヒャエルの手が添えられる。触れられたことはわかるし、人肌より冷たい彼の手の温度も少しだが感知できる。しかし、どこか他人事になる。義手の弊害である。
手の主を見返すと、ミヒャエルが真面目な表情のまま、淡く笑う。
甘いテノールが、表情に似合う明るい声音で言った。
「一緒に、見つけ出しましょう。ニル」
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