「まさか、そんなことが?」

「交通警察に見つかればすぐに捕まってしまいますが、交通警察もナンバー検索システムを多用しています。やってやれないことはないかと」

 盲点だった。これならば、ナンバーの知られた逃走車を使い続けることができる。気づかなかったことが恨めしい。

 監視カメラシステムの高度化で、仕事の簡素化や人員削減が行われ、巡回を行う警察官の数も減少している。その上、カメラの記録に残っているとわかれば、ナンバープレートの有無をわざわざ目視で確認することもない。

 全自動運転車に乗る運転手も同様だ。全自動運転車に搭載されたシステムがルートを決め、走行速度を決め、目的地や逃走車の元へ向かう。目視が必要とされるのは、事故や災害時などの緊急対応のときのみで、基本的にブレーキを踏むくらいしか操作の必要がない。

 システムで該当しないと言われれば、警察でさえ納得してしまう。ドルトムント空港の警備に人が配置されているように、万全を期すにはやはり人の手が必要になるのだ。こういう事象が起こるたびに、自動化の危うさを突きつけられる。

 ニルはすぐに州警察に連絡を取った。繋がったのは応援要請の詳細を説明した警察官である。彼経由で指令室に繋がると矢継ぎ早に話す。

「警戒に当たっている警察官は、監視カメラのシステムによる追跡を止め、目視での不審車両の確認を行ってください」

 スピーカーの向こうで相手が戸惑うのがわかる。ニルも、いきなり言われれば怪訝に思うだろう。現代の捜査では、監視カメラ映像の解析から犯人確保に至るケースがほとんどだ。

「対象が乗る車両は、ナンバープレートを隠して走行している可能性があります。ナンバープレートがない、もしくは布か何かで隠している車が、おそらく対象車です」

 対応した警察官が息を呑んだ。指令室のどよめきがスピーカー越しに伝わるような気さえした。

「逃走車を使い続けて逃走距離を稼ぐには、監視カメラにナンバーを認識させない必要があります。犯人を捜索している車両は手動運転に切り替え、該当する種類の車を探してください。また、アウトバーンの傍に検問を張るように。アウトバーン内をナンバーなしで走行すればすぐに記録されるはずですが、解析して情報が上がるまでラグが発生します」

『了解――ドルトムント内、いや周辺地域の全車両に通達しろ!』

 指令室に響き渡る号令を聞いて通話を切る。数秒後には携帯端末に通達が入った。横ではミヒャエルの端末が派手な通知音を鳴らしている。今しがたニルが伝えた内容が一斉に通達されたのだ。

 ニルは運転席に寄りかかる。警察は基本的に優秀で真面目である。すぐにでもナンバープレートのないクロスカントリーを見つけ、犯人を確保するだろう。

 問題はニルの方だ。全自動運転のライセンスでは、目視での捜索と追跡をこなすことはできない。警察の身分とはいえ、無免許運転は許されないし、そもそも運転の技術がない。

 助手席に座るミヒャエルを見る。彼はニルの方を向いていた。といっても、ニルを見ているわけではなく、運転席側のサイドウィンドウから見える車を目で追っていた。あの人形のような無表情で、真剣にナンバーのない車両を探している。

 市街地は混み始めていた。朝の忙しない空気と活気が徐々に増していく。

 ニルはシートベルトに手をかけた。動かせない車の運転席にいるくらいならば、外に出て探す方がましだ。

 この剛脚さえあれば、一般道を走る車両を追いかけるくらいはできる。そのための手足なのだ。

「ニル」

 独り決意してシートベルトを外したとき、ミヒャエルが呼び止めた。

「悪いけど――」

 ここで待っていて。言おうとした言葉は遮られた。

「席、替わっていただけませんか?」

 義手にミヒャエルの手が添えられる。触れられたことはわかるし、人肌より冷たい彼の手の温度も少しだが感知できる。しかし、どこか他人事になる。義手の弊害である。

 手の主を見返すと、ミヒャエルが真面目な表情のまま、淡く笑う。製造年とし相応の老成した雰囲気の中に、無垢な子供の顔が現れる。たぶん、苦手な顔だ。奥の方に閉じ込めた後ろめたさを、するりと引き出す幼い表情。

 甘いテノールが、表情に似合う明るい声音で言った。

「一緒に、見つけ出しましょう。ニル」

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