Ⅸ
発信元のドルトムント空港と連絡を取ると、詳しい状況を聞くことができた。まさか周辺に人機総合警備部の機動隊がいたとは思わなかったのだろう、対応した警察官は改まった言葉遣いだった。
――午前七時台のドルトムント空港内は、飛行機に乗る乗客と見送り客で少しずつ活気づきはじめ、警備の者は見回りを強化し、不審人物や不審物を見逃さんと目を光らせていた。
そこまでは、特筆することのない、ドルトムント空港の日常だった。
午後七時四二分。警備が、ある二人の男に目を留めた。国際線出発ロビーで、髭を蓄えた目鼻立ちのはっきりした一人は小さいスーツケースを転がし、髭もなく印象の薄い顔つきの一人はこれまた小さいショルダーバッグを下げていた。他の乗客よりも少ない荷物だ。とはいえ、ドルトムント空港の国際線はほとんどがヨーロッパ内を往復する便である。一泊二日程度であれば妥当な量だ。
警備が目を留めた理由は別にあった。二人はちらちらと目線だけを空港内に向け、終始無言だった。一人は旅行雑誌を手に持っているが読む様子もない。とても旅行に行く雰囲気ではなかった。二人はチェックインカウンターが空くと、目を合わせて再び無言でカウンターに向かった。警備はここで他の警備員たちにも連絡を入れた。密輸か、テロか、前科者か。何にせよ警戒するよう呼びかけた。
二人は八時五〇分発のカトヴィツェ行を予約していた。預けられたスーツケースの中身も問題はなかった。
予約者名はアンドレ・スミスとクリフ・スミス。よくある名前で、二人とも人間と申請されている。ドイツ・ポーランド間に出入国審査はない。
問題はなさそうだと警戒を解こうとしたときに、別の空港職員から連絡があった。二人の人相に見覚えがあると。
発見時から近辺で警戒していた警備は、端末に転送された資料を見て驚いた。
ドイツ国内で指名手配されている、アンドロイド連続殺人事件の犯人。二人の人相は、その指名手配犯によく似ていたのだ。
ドルトムントでは、今年の三月と五月にアンドロイドが殺害される事件が発生している。三月の事件では、金目の物がなくなっていたために強盗殺人と断定された。二件目の五月に起きた事件では、少額の現金は盗まれているものの高価な腕時計や財布はそのままだった。どちらも夜に一人で出歩いていたアンドロイドが襲われているものの、当初は別々の強盗殺人として捜査されていた。
二件が同一犯であると断定されたのは、二件目の事件の現場から一件目の事件の被害者の循環液が検出されたからだ。同じ凶器を使ったらしい。そして、二件目の現場にあった監視カメラから、二人がかりの犯行であることも突き止められた。
一人は目鼻立ちのはっきりとした茶髪の男。飛行機の予約ではアンドレ・スミスと名乗っていた。当時は髭がほとんどなかったが、通った鼻筋と大きくぎらついた目は見間違うこともない。この男が大ぶりのナイフでアンドロイドを襲ったところをカメラが捉えている。
もう一人の印象に残りにくい顔貌の男が、おそらくクリフ・スミスと名乗った方だ。被害者の目の前で車を停め、アンドレの犯行の補助をした。ちらりとカメラに映った顔は地味な雰囲気で、アンドロイドなのか人間なのか判別がつかない容姿であった。
二人の人相は監視カメラで特定されたが、その身元は七月現在まで不明のままである。もしこの二人が指名手配犯本人で、予約者名が虚偽でなければ、身元が判明する。
警備はこの二人が指名手配犯の人相と一致したことを伝え、空港職員が警察に通報した。
あとは保安検査時に二人を別室に連行し、警察に引き渡せば終わる。そう思った矢先のことである。
保安検査場の傍にあるソファに腰かけていた二人が、急に立ち上がり、移動を始めたのである。警備が思わず二人を目で追うと、目が合う。気づかれたのだ。
二人は少しずつ早足になり、遂には走り出した。他の警備員も加勢して、逃亡した二人を追った。
通報されてやってきた州警察が空港に辿り着いたときには、ちょうど二人が車に乗るところだった。空港の出口に一番近いところに雑に停められていた自動車だ。空港内で見つかる可能性を見越して停められていたのだ。反対車線ですれ違った州警察は、急いで本部に連絡し、包囲網を固めるよう要請した。ナンバーは車載のフロントカメラが記録している。
そして、ドルトムント周辺にいる警察官の端末に、応援要請の通知が一斉に発信されたというわけだ。
「では、一般道に入ったらその車を追跡します。車のナンバーと、指名手配犯の資料は私の端末に送信してください」
『了解しました。ご協力、感謝いたします』
「新たな情報が入り次第、ご報告願います」
ニルが通信を切ると、すぐに逃走車のナンバーが送られてきた。画面をスワイプすると全自動運転車に情報が入力される。
全自動運転車は再び車線を変更し、ルートの再検索を開始した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます