第10話 お前はオレの部下

 迷宮館での出来事から数日たったある日、ハクはグレイシアたちのお城でランディのケーキを食べていた。

「…やはり美味いな。さすがだ、ランディ」

「ありがとうございます!」

「いいなぁ~。ハク、ちょっとちょーだい!」

「こらこらピュート、これはハク様のだよ」

「別に構わない。ほら、あーん」

「やったー!」

ハクはピュートにケーキを食べさせ、ふと思い出したかのように言った。

「そういえば、アミの光球がピュートの方に飛んでいった時、ピュートはフライパンを持っていたな。なぜあんなものを持っていたんだ?」

「あ!ほふはっは!ひょっほはっへへ!」

( 訳:あ!そうだった!ちょっと待ってて!)

「飲み込んでからしゃべりなさい。…っ!?半分食べられているだと!?」

「もー!ピュートー!」

「ごめーん!」

ピュートは叫びながら奥に引っ込み、紙袋を持って帰ってきた。

「ランディ!はいこれ!」

「紙袋…?なにこれ?」

「いいからいいから!開けてみて!」

「う、うん」

ランディが紙袋を開けてみると

「うわぁぁぁぁ!!!」

中には、たくさんの調理器具が入っていた。

「え、な、ど、どうしたのこれ!ほとんど一式揃ってるじゃん!」

「ほら、ぼく商品券3000円分引き当てたでしょ?それで買ったんだ~。ランディの調理器具、戦闘にも使ってるからもうだいぶボロボロでしょ?いつもありがとうって気持ち込めてのプレゼントだからさ!受け取って!」

「ピュート…。ありがとう!大事にする!使わずに飾っとく!」

「いや、それは使って?」

ランディとピュートが笑い合っていると

「おー?なんか楽しそうだな?」

ルオンが顔を出した。

その背には、大きなリュックが背負われている。

「ルオン。…その荷物…もう行くのか」

「おう。いつまでもここにいる訳にはいかねぇからな。お、それランディのケーキか?一口くれよ」

「構わないが…」

ハクはルオンの口にケーキを放り込んでから、ランディに言った。

「見送りくらいはするか。ケーキはそのあとで…ってなにい!?全部食べられているだと!?」

「もー!ルオン様もー!」

「ごめーん!でも、ランディのケーキも食い納めだと思うと寂しいなぁ。あ、最高のケーキだったぜ」

「ありがとうございます!」

「いや、私のケーキなんだが」

「さーて、そろそろ行くかぁ」

「話をそらすな」

「あれ、グレイシアさまは?」

「あー…姉上なら部屋にいる。見送りすると辛くなるから、だとよ」

「そう、ですか…」

「来ればいいのにね」

「ピュート、分かってやれ。グレイシアも辛いんだ」

「うん。分かってる」

ハクたちはひとしきり雑談したあと、外に出た。

「はてさて…ほんとにお別れだな。ま、ハクは銀河中飛び回ってるから、会おうと思えば会えるだろうけどな」

「まぁな。ただ…くれぐれもケガと無茶だけはするんじゃないぞ」

「分かってるよ。ったく、ハクは心配性だなぁ」

「一体いつから一緒にいると思ってるんだ。親心くらい芽生えてもおかしくないだろう」

「ま、そりゃそうか。13年だもんなぁ~。ほんと、これまで色んなことがあったな。まあ、基本的にオレがハクの不運に巻き込まれてたけどな」

「うぐっ…。その節については申し訳ないと思っているが…」

「ははっ。冗談だよ、ジョーダン。んな真に受けんなって!」

ルオンは楽しそうだ。

「全く…君は変わっていないな」

「そうそう。オレはいつでもこんなんだぜ。…みんなのこと、頼むわ」

「あぁ。任された」

ルオンは次に、ピュートを見た。

「ピュート~、姉上のこと頼むぞ~?」

「分かってるよ!でも…ルオンさま、ホントに行っちゃうの?」

「なんだ、寂しいのか?」

「べ、べべべべ別に?」

ピュートはあわてて顔を背けた。

が、その表情は明るくない。

「…大丈夫だって。用が済んだらすぐ帰ってくるから。だから、その時まで姉上のこと、頼むぜ。オレがいなくなったこの城で、姉上のことを1番よく知ってるのお前しかいねぇんだから」

「…分かってるよ。ぼくが1番、グレイシアさまのこと分かってるんだから!」

「そりゃ頼もしいな。…頼むぜ」

ルオンはピュートの頭を軽く撫で、ランディに向き直った。

「ランディ、ピュートたちのこと、よろしくな。1番しっかりしてるんだからさ。姉上たちのこと、支えてやってくれ。あ、でも無理は禁物だぞ。辛くなったら絶対休めよ」

「はい。…あの、ルオン様、これ…」

ランディはルオンに、いつも彼が着ていた濃いヒアシンス色の上着を差し出した。

「うお!すげー!全部直ってる!腕の部分はほとんど破れてボロボロだったのに!ランディが直してくれたのか?」

「は、はい。旅に出るのなら、いつも着慣れてる服の方がいいかと思いまして」

「ありがとよ!実は、ずっと気がかりだったんだよ。この上着のこと。これ、姉上が作ってくれた服だからよ」

「え、そうだったんですか!?」

「それは初耳だな」

「グレイシアさますごいね!」

「姉上は手先が器用だからな。小さい頃からずっとこれ着てて、着れなくなっても仕立て直してくれて…。思い出が詰まってんだ。これ着れなくなって、マジで落ち込んでたけど…。ホントにありがとな!」

ルオンは早速、上着に腕を通した。

「あー、やっぱりこれだわ。落ち着く~」

「それはよかったです!」

「…なぁ、ランディ」

「はい?」

「お前は、オレがいなくなってもここにいてくれるのか?」

「はい。そのつもりですが…何か、問題が…?」

「いや、そうじゃなくてよ。1つだけ、お願いしたいことがあるんだ」

「お願いしたいこと、ですか」

「もし、オレがいなくなってから他の誰かに部下として働くように言われても、その話を受けないで欲しいんだ」

「え?」

「自分勝手なのは分かってる。でも、オレはやっぱりお前を手放したくねぇ」

「ルオン、様…」

「無理な願いなのは分かってる。だが頼む!この通りだ!」

ルオンはランディに頭を下げた。

深く、深く。

「ル、ルオン様!頭上げてください!ぼくはルオン様の部下です。他の所に行ったりなんてしません!」

「そっか…。よかった。じゃあ…元気でな」

ルオンは笑って、歩き出した。

その背中が、その姿が、どんどん遠くなる。

ランディは、こらえきれなくなったかのように叫んだ。

「ルオン様っ!!待ってますから!何年でも、何十年でも、ずっと、ずっと!!ぼくの主様は、ルオン様ただ1人です!」

その声が聞こえたのか、ルオンはこちらを振り向いて言った。

「誰にも渡さねぇし、絶対に手放したりしねぇよ。お前は…ランディは、オレにとって何よりも大切な、オレの部下であり、家族だからな!」

ルオンは大きく手を振って、再び歩き出した。

今度は、止まらなかった。

止まると進めなくなってしまうから。

止まると帰りたくなってしまうから。

(でも…アイツらなら大丈夫。きっと…大丈夫だ)

心の中で自分にそう言い聞かせ、ルオンは真実を知るため、一歩を踏み出して行った。




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