ざまあで処刑された俺、実はレアスキル持ちの英雄だった 

魚流(ととる)

序幕 ざまあ編 〜驕れる者も久しからず〜

第1話 ざまあ、のち処刑

 首筋にひんやりと重い鉄が当たる。人の温もりと対極にあるその感覚に、体が少し震えた。


 俺が散々、モンスターどもに振り下ろしてきた斧の切っ先が、何の因果か、今はその持ち主の頸部に向けられているのだ。


「何か言い残すことはないか?」


(何を馬鹿なことを)


 背後で斧を構える『ヤクシ』という処刑人に、心の中で悪態をつく。

 

(何度弁明したって、何ひとつ聞き入れてくれなかったじゃねえか。何を今更)


 手足を縛られ、首に斧を突き付けられ。俺は、可動域が極端に制限された視界を見渡す。


 いい気味だ。早く殺してしまえ。散々偉そうにしやがって。ざまあみろ。

 ざまあ……ざまあ……ざまあ……ざまあ……。


 俺を囲む無数の目から、歪に曲がった口元から、そんな言葉が聞こえる。


(確かに俺は罪を犯した。ただ、こんなに恨まれるほどのことをしたか?)

 何度も訴え、無視された弁明が心に反響する。

 

 お前らは、ちやほやされて天狗になって、傲慢ごうまんになってしまったことは一度もないのか?


 自暴自棄になって、意識とは裏腹に他人を傷つけてしまったことはないのか?


 俺は今まで己を律して、街を、人を守ってきた。それが少し綻んだだけでも許されないのか? いかなる時も聖人君子であらねばならぬのか?


 


「言いたいことはないようだな、ではそろそろお別れの時間だ。『スクナ』」


 感情のない冷たい声が、俺の意識を現実へ戻す。


(俺はお前らを許さない。間抜けで、怠惰で、愚鈍で。守られていたことにも気づかず、俺を見下し刃を向けるお前らを、死んでも許さない)

 

 俺は目を血走らせ、野次馬どもを睨みつけてやる。

 拘束された男一人の眼光ごときにたじろぐほど、こいつらは脆弱なのだ。守る価値など、はじめからなかったのだ。


「では、いくぞ」


 言葉のすぐあとに、刃がヒュウっと鋭く風を切る音がした。


 首筋にひんやりと重い鉄が当たる。


 チクリと痛みが走る。激痛ではない。


 縛られている両手の感覚が、両足の感覚が、体の感覚が薄れていく。まるで、重力から解放され、宙に浮くような。


(意識が完全に失せる前に、もう一度、奴らの顔を拝んでやる)


 胴体から自由になった頭は、獅子のような髪をなびかせながら、くるりくるりと放物線を描き人々の頭上を舞う。


 そこに不意に、俺は色の違う気配を感じ取る。6歳ほどの少年が一人、体の前で手を固く組み、潤んだ瞳をこちらに向けている。


 唇は微かに、同じ動作を繰り返している。

 俺は、声にならぬ声を読んだ。

(……さい、ご……さい、ごめ……さい、ごめんなさい、ごめんなさい……)


 彼の名は『サッダ』。

 2年半前、初めてこの街を訪れたその日に、俺がモンスターから助け出した少年だ。


 俺は、纏っていた殺気を解いた。


(まあいい、俺はお前らとは違う。俺はお前らに反省の機会をくれてやろう)


 鈍重音とともに石畳に染みこむ紅い筋とは裏腹に、空は、抜けるように蒼かった。



 


 




 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る