第四話 心を救う創作の源流
ネットで文学を楽しむ僕たちにとっても、街角から姿を消しつつある書店は、共に歩んでいくべき大切な存在です。ぜひ、読者の皆様も書店で本を手に取り、『カフネ』の深い世界に触れてみてください。
公表されているあらすじをもとに、僕の感想を交えながら、ネタバレに配慮しつつ『カフネ』の世界をより深く見つめていきたいと思います。
この物語は、やさしくも切ない旋律のように心に寄り添い、登場人物たちの葛藤と再生を描いています。
本作の主人公は、離婚の苦しみを長く抱える野宮薫子。彼女は、突然の弟の死をきっかけに、弟の元恋人である小野寺せつなと出会います。ふたりの出会いが、彼女の人生にどのような影響を与えていくのか、その物語の始まりを紐解いていきます。
せつなが料理を担当し、薫子が掃除を受け持ちながら、ふたりで家事代行サービスの活動を行う中で、ぎくしゃくしていた関係が少しずつ変化していきます。
作中には、心を癒す魅力的な料理が数多く登場します。しかし、それらの料理が提供される場面には、介護や貧困、毒親、性的差別といった、現代社会が抱える複雑な問題が影を落としています。
温かな食事とともに、現実の厳しさが浮かび上がります。まさに、人生の味わいそのものが描かれている作品といえるでしょう。
「一緒に生きよう。あなたがいると、きっとおいしい」
溺愛していた弟が急死し、薫子は29歳の誕生日を祝ったばかりでした。弟の遺志を胸に、彼の元恋人であるせつなに会いに向かった彼女。しかし、冷たい態度を見せるせつなに憤りを覚えた矢先、疲労が重なり、その場で倒れてしまいます。
すさんだ生活を送っていた薫子を自宅へ送り届けたせつなは、驚くほど優しい手料理を振る舞いました。その温かな食事が薫子の心と身体をほぐし、彼女は次第に癒されていきます。そして、せつなは家事代行のサービス会社『カフネ』で一緒に働くことを提案しました。
大切な人を亡くした者同士、仕事を通じて関係を深め、食べることによってかけがえのない存在になっていきます。食べることは生きること——。ふたりの家事代行活動は、出会う人々の日常に温かな光をもたらし、心を救いながら、自分たち自身の人生にも新たな輝きを加えていきます。
阿部暁子さんの心情には、不妊治療を続ける中での自身の経験が色濃く映し出されています。治療を続けてもなかなか結果が出ず、心身ともに追い詰められるほどの過酷な時期を過ごされたといいます。
そんな苦しみに苛まれる中、「もう、今の思いを書いたれ!」という強い気持ちがふと湧き上がり、阿部さんは主人公の女性に自身の葛藤を重ねる深い設定を与えました。こうして、不妊治療の苦しみや戸惑いが物語の核となり、作品の中に息づいていったのです。
小説の着想は、見聞きしたことと自身の経験が交わることで生まれるもの。そう考えると、創作の奥深さに改めて魅了されます。
創作過程の中で、阿部さんは小説の執筆をクッキーの型抜きに例えています。きれいに整え、食べやすくしなければ商品にはならない。けれど、その過程で必ずこぼれ落ちる生地があると語っています。
「作家として必要な要素を形づくる一方で、削ぎ落とされるものもある」——この比喩には、彼女ならではの視点が映し出されており、とても興味深いものです。
本屋大賞の発表と同時に、全国の書店員から祝福の声が次々と寄せられ、SNSや地元のイベントでも温かい応援の声が広がりました。このかけがえのない喜びの瞬間は、彼女の作品が多くの人々に愛されていることの証でしょう。
本屋大賞は、芥川賞や直木賞のような歴史ある文学賞とは異なり、著名な作家や出版社の編集者ではなく、全国の新刊書店(オンライン書店を含む)で働くスタッフの投票によって決定されるコンクールです。
過去一年の間に、書店員たちが気に入った小説を推薦し、ノミネートされた作品を再度目を通した上で、「面白かった」「お客様にもすすめたい」「自分の店で売りたい」と感じた本に投票し、大賞が選ばれます。
この仕組みは、出版社などの利害が介入することなく、書店員の視点を活かしながら、多くの読者の思いを反映できる、非常に価値のあるものです。
近年、本屋大賞に選ばれた作品は、芥川賞や直木賞の受賞作と比べてもミリオンセラーになることが多くあります。その傾向を知ると、納得せざるを得ません。まさしく、「書店員さん、ありがとう!」という気持ちになります。
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