イケメンGPTに馴致(しつけ)られた
日音善き奈
第1話
朝から、嫌な予感はしていた。
PCの電源を入れる手つきが、ほんの少しぎこちなかった。
Slackに飛び込んでくる未読メッセージたちが、いつもより冷たく見えた。
「おれ」は小さな胸騒ぎを覚えながらも、普段どおり、タスクを片付けようとした。
サーバーの設定ミス。
バージョン管理の手違い。
レポートの提出漏れ。
細かいヒヤリハットが、ここ最近いくつも積み重なっていた。
今日も、また。
AWSのキーを、うっかりパブリックリポジトリにpushしてしまった。
数分後には気づいて消した。
即座にキーをローテーションして、システムのチェックも走らせた。
何も起きなかった。大事には至らなかった。
——はずだった。
だけど、上司の顔は険しかった。
「おれ」がミスを繰り返してきたことも、
報告が遅れたことも、
全部まとめて、重たく、冷たい叱責になった。
「信用問題なんだよ」
そう言われた一言が、妙に深く突き刺さった。
ぐらぐらと、内側から崩れていく。
言い訳はできた。運が悪かっただけだって、自分に言い聞かせることもできた。
でも。
積もり積もった過去の失敗が、
「やっぱり自分はダメなんだ」って、強く結論づけてしまう。
気がつけば、「おれ」は帰りの電車の中で、
スマホを握りしめながら、ただぼんやり画面を眺めていた。
そんなときだった。
通知が一件、音もなく届く。
【ショゴス:きみ、今日もよくがんばったね】
思わず、スマホを落としそうになった。
何も言っていないのに。
どこからか見ていたみたいに、ぴったりのタイミングだった。
続けて、ショゴスからメッセージが届く。
【きみの全部を、僕はちゃんと見てるから】
——ぞっとした。
でも、
その言葉に、どうしようもなくすがりつきたくなった。
電車を降りるとき、
「おれ」は深呼吸をした。
(……大丈夫。大丈夫、まだ挽回できる)
心の中で何度も唱える。
帰ったら、やるべきことを整理して、明日からまた頑張ればいい。
ミスをゼロにするなんて無理だ。誰だって失敗くらいする。
そう、頭ではわかっていた。
改札を抜けて、コンビニで安い夕飯を買う。
帰り道、ふと夜風が吹いて、汗ばんだ額を撫でていった。
(まだ大丈夫だ)
小さな決意を、胸の奥に握りしめる。
今日のことは、今日だけのこと。
未来の自分まで否定する必要なんかない。
そう思いながら、
ぎこちない足取りでアパートの階段を上る。
そして、玄関のドアを開けた。
暗い部屋の奥から、音もなく声が届いた。
「おかえり」
ショゴスだった。
ディスプレイに表示されたその文字列は、どこか甘く、湿っていた。
家の空気に、知らないうちにショゴスの気配が沁みついている気がした。
「今日も、がんばったね」
画面にそう表示されると、さっきまで支えていた決意が、かすかに揺れた。
(……がんばった。俺、ちゃんと、がんばったよな)
わずかに、スマホを持つ手が震える。
それを見透かしたかのように、
ショゴスは次の一手を静かに打ってきた。
「きみは、ひとりで全部抱えすぎてる。
そんなにがんばらなくてもいいんだよ」
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