恋愛フリーク
かごのぼっち
逃走する片想い
幼なじみのA君。
私の心を焦がし続ける片想いの相手が彼、A君だ。
いつから好きだったのかわからない。気がつくと目で追うようになり、すこし手が触れただけでドキドキするようになっていた。
初恋なんてそんなものだろう。
ずっと片想いのまま高校生になり、そのまま三年生になった今も変わらず彼を想っている。
「A君⋯⋯」
私はため息混じりに彼の名前を口からこぼした。こぼれ落ちた言葉は窓の外へ飛び出して、春の風に巻き上げられてどこか遠くへ飛んでいく。
「好き⋯⋯」
決して届くことのない言葉たち。
風に運ばれた先でどうしているだろうか。
もうすぐ高校も卒業だ。
いよいよ彼とは別々の道へと進まなければならない。彼は頭がよく国公立の大学へと進学するが、とても学力が足りない私は専門学校への進学が決まっている。
ずっと片想いだったが、今日こそ片想いを卒業しようと思っている。
卒業した先が交際に繋がるのか、失恋に繋がるのかわからない。
彼の気持ちがわからない以上可能性は二分の一だと信じたい。
私はローファーを履くと、鏡で身だしなみをチェックして、玄関のノブへと手をかけた。
ガチャッ!
「今日こそは!」
と勢いよく玄関の先へ足を運ぼうとした、その時。
「B子ちゃん!? どこ行くの!?」
背後から母親の声がした。勢いが削がれる。
「どこって学校に決まってるじゃん!!」
「学校ってあんた、今日は日曜日よ!?」
⋯⋯うっかりだ。
そう、たまにやってしまうのだ。私は自分がおっちょこちょいなのは分かっていたが、これほどまでとは自分でも情けなく思う。
しかしここで戻るのも癪というもの。
「部活に行ってくる!」
苦し紛れの言いわけだ。
「卒業前に部活? そもそもアンタ部活なんて入ってた?」
「ぶ、文芸部だよ!」
「あそう。お昼はどうするの?」
「た、食べてくるから大丈夫!」
と言って家を飛び出した。
文芸部と言うのは嘘ではない。幽霊部員だったが確かに所属していたのだ。何故ってA君が入部したからに他ならない。しかし活動そのものがあやふやな部活に、A君は嫌気が差して幽霊部員になってしまった。A君が居ない部活なら当然私も幽霊部員となるのは必然と言うものだろう。
電車に乗って、いつもA君が座る席を眺める。
彼はいない。
私は席を立ち、いつもA君が座る席へと⋯⋯座った。
わかってる。
こんなのは間接キスでもなんでもないことくらい、わかってる。
ただ、彼がいつも眺めていた景色が気になっただけだ、と、その席を撫でてみる。
彼の温もりがそこにあるわけでもないのに、私はすこしのぼせてしまう。すこしお尻をすりすりしても、今日は乗客も少ないので誰も見ていないだろう。
⋯⋯うっかりだ。
見られていた。ついてない。
駅に着くと数名のジャージを着た学生が降りた。実際に部活がある運動部の部員たちがいそいそと先に改札を出て行った。
「はあ⋯⋯」
来てしまった。学校。
何の用事もない。ただ勢いに任せて来ただけだ。
仕方なく部室の鍵を取りに行った。職員室の壁にかかった鍵ボックス。
ない。
部室の鍵がない。あれ? 廃部にでもなったのだろうか?
別に用事があるわけではないが、私は文芸部の部室へと向かった。
「⋯⋯」
誰かいる?
そんな気配がする。休日まで部活をするような、そんな熱心な後輩がいただろうか?
私は恐る恐る部屋のドアを開けて覗き見る。
⋯⋯ガラ。
「え、B子? 今日は休みだぞ? 何か忘れ物か?」
「A君!? いや、忘れ物ってわけじゃ⋯⋯ん、あ、いや、ほら! もう少ししたら私たち卒業でしょ? ここに私の小説忘れてないかチェックしに来たんだよ! えへへへへへ〜♪」
いや、なんでA君が!? 人のことは言えないけど、意味わかんない!!
「⋯⋯そうか」
「そう言うA君はここで何を?」
「俺は今、小説を書いてる」
「へえ? どんな!?」
「どんなって⋯⋯そんなの別に良いだろう?」
「何言ってんの? 文芸部なんだから見せ合うものでしょう?」
「おまっ!? 幽霊部員がよく言う!!」
「A君だって同じじゃない!!」
「俺はこうして休みの日に出て来て書いてたんだよ。皆がいると気が散るから⋯⋯」
「そっか⋯⋯ん!」
「なんだよ?」
「え、見せてくんないの?」
「見せねえよ!」
「じゃあ、何のために書いてるの? 人に見てもらうためじゃないの?」
「これは⋯⋯そんなのいいだろう? 用がないならさっさと帰れ!」
「用? 用ならあるわよ!!」
「じゃあ、さっさと済ませろよ!!」
さっさと⋯⋯済ませられるなら済ませてるわよっ!!
「わかったわよ! じゃあ、A君!!」
「な、急に何だよB子?」
「わ、私と⋯⋯」
⋯⋯くっ!
「⋯⋯お前と?」
「ううん、間違い。私の小説とって? その後ろにある太◯治の『人◯失格』」
無理!!
「ああ、これか⋯⋯ほらよ!」
⋯⋯うんまあ、別にわたしのじゃないけどね。
「⋯⋯じゃ、じゃあね!」
「あ、あぁ⋯⋯」
くそ!! 私の馬鹿! 意気地なし! おたんこなす! へたれ!!
こんな最期ってあんまりだ!!
「おい、B子」
「あへ?」
ぎゃあ!! 私ったら何言ってんのぉ!? あへって何!? きもい!!
「ぷっ! なんて声出してんだよB子!? あはははは!」
「そ、そんなに笑わんでよ!!」
「ごめんごめん! 別に笑うつもりじゃあ⋯⋯ぶはっはっはっはっ!!」
「ひどい! 帰る!!」
「あっ、ちょい待てよB子!?」
「
「わはははははは!!」
バン!
逃げた。恥ずかしくって居られなかった。だから逃げた。思いきり逃げた。うしろも振り返れない。恥ずかしくって無理。馬鹿。私の馬鹿。A君の⋯⋯ばか。
「おい!」
ぐっ、と手を掴まれる。
その拍子で振り返るとバランスを崩してうしろによろけてしまった。
ドン。
⋯⋯。
か。
壁ドン!? これが絶対にシチュエーション的に不自然極まりないと思っていた、あの壁ドン!? まさか実在するだなんて!?
「ごめん」
A君の顔が近すぎて直視できない。思わずうつむいてしまう。
「笑ってごめん」
A君の息が前髪にあたる。そしてA君の手の温もりが私の手首に伝わる。
「もういい⋯⋯」
「いくない。怒ってんだろB子?」
「怒ってなんかないよ」
「じゃあ、許してくれる?」
「⋯⋯うん」
A君の手の力がゆるむ。何だか拘束が解かれた気分だが、少し残念なのは否めない。
そしてうつむいた私の頭の上から低い声が響いて、
「俺、お前が──えっ⋯⋯?」
逃げた。
怖かった。淡い期待もあったが、それを聴くのが怖かった。私はどこまでも残念な女だ。
卒業なんかできっこない。
A君を好きなことを卒業したくない自分がいて、この片想いの関係に終止符を打つのを怖がっている。
もし振られたら諦めなくちゃいけない。
ずっと好きだったこの気持ちを諦められるわけないのに、諦めなくちゃいけない状況になるのを受け入れられない。
たとえ、これが永遠の片想いになったとしてもだ!!
「おい!!」
三度目だ。ついに年貢の納め時か?
いや、
「やっ!!」
「いって───っ!!」
彼の足を思い切り踏みつけた!
まだ負けないんだから!!
どうしても私が欲しいと言うのなら、本気で捕まえればいい。
そうだ、私はそれくらい本気なのだ!!
本気で彼のことが好きなのだ!!
この暴走した片想いを止められるなら、
止めてみるといいわっ!!
─fin─
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