第2話
「はじめまして。
「どうも……はじめまして。
SNSのコミュニティで知り合った私たちは、さほど遠くない場所に住んでいることを知り、会うようになった。それは春のことで、私が毎年、一人で花見に行くと話したとき「一人なんてつまらなくない? どうせなら、今年は俺と一緒に見に行こうよ」と言われたことがきっかけだった。
晴樹はとても感じの良い人だった。
人当たりが良くて話もうまく、面白い話をたくさん聞かせてもらった。SNSのコミュニティ内にあったチャットでも、人を盛り上げるのがうまいと思ったけれど、その通りの人柄だった。
ネット上では人が良さそうで饒舌な人でも、実際に会うと全く別の人格かと思うほど無口だったり、思い描いていたのとはイメージがまるで違う人だったりするけれど、少なくとも晴樹はそうではなかった。それは内面だけでなく、外見でも……。
「いつもそうやって桜の写真、撮ってるの?」
「うん、そう」
「ふうん……毎年、ここに来て?」
今年は晴樹と約束したから、都下の大きな公園を訪れたけれど、いつもは自宅近くの公園や学校、足を延ばしても駅二つ程度の場所に出掛けていた。たまには遠出をすることもあったけれど、基本的には近所で済ませてしまう。
「一応、毎年だけど、場所はここって決めているわけじゃないかな」
「そっか。ねえ、このあと、どうするの?」
「えっ? あ……ご飯でも食べに行く?」
「そのあとは?」
そのあと……?
そんなに先のことまで考えていなかった。
写真を撮って、お昼でも食べながら少し話をして解散する。そんな感じだと思っていた。きっと晴樹にとって私の存在は、長く一緒にいて楽しい相手ではないはず。
取り立てて美人でもなく、可愛いわけでもなく、スタイルだって……。
コミュニティの中で気が合うからといって、必ずしも相手を恋愛対象として見ることはないだろうけれど、人は誰でも最初は外見を気にする。
顔やスタイルの良し悪しだけで決めるつもりはない、そう思っていても、どうしたって一番目につくのは外見なんだから。
それから、年齢も。
この春、三十三歳になった私。晴樹はまだ二十五歳で、八つも年下……。
話が合わない、とまで違わない気はするけれど、晴樹が私と同じように感じているのかどうか……。
答えに迷い視線を落とした私の顔を、晴樹は前屈みになって覗き込んできた。
「映画でも行かない? それともこのあと、予定でもある?」
「あ……特になんの予定もないけど」
「じゃあ、ご飯食べて映画に行こうよ」
誘われるがままに付き合ったのは、多分、私は晴樹に一目ぼれしたから。
外見云々、なんて考えてしまうのは、なにより私自身がそこを気にしたから。意識したから、自分の外見が他人の目を惹き付けるほどではない現実を突きつけられて、気後れしてしまったから。
それなのに、晴樹は急速に距離を詰めてくる。それも、良い印象のまま。
彼氏という存在がなくなってもうすぐ二年。なんとなく感じていた寂しさのせいで、身の程知らずにも、新しい出会いにほんの少し期待していた。
映画を観て、ウインドウショッピングをして、他愛のない会話を交わし、ほんの数時間で私は晴樹から目を逸らせなくなっていた。
「竹内さんって、映画は良く観にいくの?」
「ん……割と観にいくほうかな」
「友だちとかカレシと?」
「ううん、だいたい一人」
「なんで? 竹内さん、一人で出掛けるのが多くない?」
「あー……うん。そうかも。しばらく彼氏はいないし、私の年齢になると、友だちはみんな、家のことや子どものことで忙しそうだから」
「じゃあ、今度また俺と一緒に映画、観にいこうよ」
また今度?
今度があるなら嬉しいけれど、私はもう社交辞令がわからない歳でもない。
「そうだね。じゃあ、小川くんの都合がいいときにでも……」
曖昧に笑って返事を濁し、恐らくこれで最後になるだろう晴樹との時間を楽しむことにした。
日が落ちたあとは居酒屋でほんの少しのアルコール。気分が良くなったところで、私たちはメッセージアプリの連絡先を交換した。
晴樹から連絡なんて来るはずがないのに、こうして繋がりが増えると嫌でも期待してしまう自分の浅ましさに、
夜も更け、終電に遅れないようにと急ぎ足で駅に向かう途中、不意に晴樹に腕を引かれた。人通りもまばらな裏路地の暗がりで、抱きしめられてキスをした。
大通りから聞こえてくる酔った集団の賑やかな声が、私の耳へと届くのに、今ここに自分と晴樹しかいないような錯覚に陥ってしまう。
そして……その夜私は、晴樹とそのまま繁華街のホテルで結ばれた。
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