2025本屋大賞ノミネート作全部読んだ

秋田健次郎

2025年も本屋大賞を全部読む

 お久しぶりです。

 昨年、本屋大賞ノミネート作を全部読んだ人です。


「2024本屋大賞ノミネート作全部読んだ」

 https://kakuyomu.jp/works/16818093073352258910


 今年もノミネート作をすべて読んだのでまとめてみました。

 ちなみに去年は大賞発表前に投稿したのでウキウキで大賞予想をしていたのですが、今年からは『仕事』というよく分からない儀式に参加させられているので大賞発表後の投稿となってしまいました。


 おのれ、仕事……


 個別の感想については別で投稿している読書日記にもあるので気になった方は覗いてみてね!

 読書日記

 https://kakuyomu.jp/works/16817330668807593253




 1位

 野崎 まど『小説』


 今年の本屋大賞で一番衝撃的だったのはやっぱりこの作品。

 全ての小説好きに読んでほしいです。


 「小説を読む」という行為は一体何に繋がっているんだろう……という本の虫であればあるほど時に思ってしまう疑問。


 正直「小説が好きだから読む」以外に理由なんてないのですが、それでも様々なタイプの趣味が社会活動への貢献とほんのり紐づけられている感覚はありますよね。


 特に読書となれば「偉いね」と言われがちな趣味だったりする。


 でも、別に偉くなろうとして小説を読んでるわけではない。


 だったらあなたはどうして小説を読むのか?


 そんな哲学的な問いに対してすごくロジカルなアプローチで”答え”が導き出される。


 自分で小説を書いたり、うまく感想を言語化できなかったり、「ただ小説を読むだけ」という行為を肯定してくれる本作に救われる小説好きは多いと思う。


 加えて、私は本作で初めて野崎まど作品を読んだのですが、この人すごいっすね。

 言語センスが明らかに他と違ってて、この人の小説じゃないと読めない文章が多々登場する。


 この一冊ですっかり野崎まどさんのファンになってしまいました。





 2位

 朝井 リョウ『生殖記』


 朝井リョウさんと言えば衝撃作『正欲』で私の脳みそをぶっ飛ばしたわけですが、本作はある面ではそれを超えてきたかもしれない。


『正欲』と同様本作も”性”をテーマとして扱っている。

 けれど、”性欲”そのものをガッツリ中心に据えていた『正欲』とは違って、本作は一応性的マイノリティの人を描きつつ、もっと普遍的な”社会におけるマイノリティ全般”をテーマにしてると感じた。


 家庭、学校、会社などあらゆるコミュニティにおいて自分は少数派だと感じたことのある人間が読めば多かれ少なかれ主人公に共感できる部分はあると思う。


 ちょうど私がこれを読んでた頃、会社員生活への違和感みたいなものを持ってた。

 具体的に言うと「今年一年間の成長はこれです。来年の目標はこれです」ってのを考えてる中で「そもそもみんな本気で成長したいと思ってこれ書いてるのか?」みたいなことを思ってた。


 会社、というか社会全般が「来年は今年よりも良くしよう!」という空気を前提に動いてて、なんだかなぁという気持ちは拭えないでいた。


 と、そんなさなか読んだこの小説がまさにドンピシャで言及してるじゃないか!


 他の人と同じように積極的に社会との関わりを見いだせない主人公の弁として登場するこんな一節『手は添えて、だけど力は込めず』。

 これは体育の授業でマットを運ぶときの主人公の行動を基にした指針みたいなものなんですけど、これがすごく共感できたんですよね。


 他にも会社員という立場や会社という組織への言及もすごく共感できて個人的には結構救われたところがあった。


 この”救われた”というのはなんとなくもやもやしてた概念を言語化してくれたということに対してのものね。


 この小説自体はそんなにハッピーなものではないから、読んで前向きになれました!ともちょっと違うんだけど、人とは分かち合えないと思い込んでいた微妙な理不尽さを自分以外の誰かが言及してくれるということはやっぱり救いになると思うんですよね。

 で、それこそが小説という媒体のいいところだとも思う。


 ちなみに『生殖記』というちょっと変わったタイトル。実はこの小説の主人公が○○だからなんですよね。ここはネタバレになるのでぜひ読んで確かめてほしいです!





 3位

 一穂 ミチ『恋とか愛とかやさしさなら』


 もしも恋人が盗撮で捕まったら、あなたならどうしますか?


 性犯罪というセンシティブなテーマを扱いつつ、恋愛小説でもあるという絶妙なバランスを完璧に描ききった一冊。


 正直、この小説の感想を一言でまとめられる人間はこの世にいないと思う。


 こういうテーマの小説はともすれば「性犯罪を軽く見ている!」と叩かれそうだけど、最後までしっかり読了すればそのフェアさに感心すると思う。


 ある日、彼氏がスカートの中を盗撮して捕まったことを知らされる女性。

 盗撮という前科が人生のすべてを変えることになった加害者の男性。

 それから、周りの親族に被害者の女性。


 全ての関係者の多種多様な言動が描かれるおかげで、読者は誰かしらに共感できるような仕組みになってるんだと思う。


 とりわけ性犯罪は世間からのバッシングもすさまじいし、実際糾弾されるべき劣悪な犯罪だとも思うけど、加害者がどれだけ反省していても一生十字架を課されたままってのは…… いやでも……


 と、考え始めるとドツボにハマる。


 こういう正解のない問題を延々と考え続けるのは精神衛生上よくない側面もあるかもだけど、いつかこの経験が自分を救うかもしれない。


 これから先自分が犯罪の被害者になるかもしれないし、なんなら加害者にすらなる可能性もあるわけだから。


 決して心地よくはないけれど、一生のうちに一度は読んでおいてほしい一冊です!




 4位

 阿部 暁子『カフネ』


 こちら、2025年の本屋大賞受賞作です。


 妊活がうまくいかず離婚することになったうえ、最愛の弟を亡くした中年女性の再起の物語。


 一度心の折れた女性が復活するという展開はなんとなく「本屋大賞っぽさ」を感じますよね。


 と、ちょっと斜に構えた感想を言ってるけど、中盤以降なんかずっと号泣しながら読んでた。

 私は基本的に恋愛より断然、家族愛とか親愛に惹かれるので本作はめちゃくちゃ刺さった。


 こういう主人公が不幸な状態に置かれて始まる物語って、辛そうすぎて読んでて落ち込むことがままあるんですけど、本作は主人公の女性が「昭和パワー」を使って、なんやかんやごり押し復活するので、湿っぽくなりすぎないでよかった。

 やはり、昭和生まれはすべてを解決する……


 で、本筋とはちょっと違うかもだけど、本作で一番印象に残っているのが”出産”に関する言及。


 川上未映子『夏物語』に出てくる『子供のことを考えて子供を産んだ親なんて一人もいない。』という一節がずっと記憶に残ってた。


 初めて読んだときは衝撃的だったし、でも確かにそうだよなぁとすごく納得するところがあった。


 それに対して本作にはこんな一節で出てきた

 『あなたの意思なく生まれさせる罪を償うために、用意していたものがたくさんあった。』


 「子供のことを考えて子供を産んだ親はいない」のは確かに事実だけど、それでも確かに愛を持った行為ではあるんだよ、というこの一文に救いを感じた。





 5位

 金子 玲介『死んだ山田と教室』


 交通事故で死んだはずのクラスメイトである山田が突然教室のスピーカーに憑依してしゃべりだすという続きが気になりすぎる冒頭の本作。


 特に序盤は男子高校生のノリがこれでもかと詰め込まれてて、ずっとニヤニヤしながら読めた。


 とはいえ、単純に楽しいだけの作品ではなくて、中盤以降ちょっとずつクラスメイトたちとの関係性に変化が生まれてきて、クラスのアイドルだった「山田」とのかかわり方も変わってくる。


 こういう学生生活の中での生っぽい人間関係は朝井リョウの「桐島、部活辞めるってよ」を思い出した。


 最終盤なんかは残りページ数が少ないのに、物語の畳み方が見えてこなくて「これどうやって終わるんだ?」といろんな意味でハラハラしてた。


 ちなみに、ちゃんと終わります。それも結構すごい終わり方。


 あと、ストーリーとは全然関係ないけど、舞台が偏差値高めの高校だから生徒同士の仲が割といいってのが絶妙にリアルでちょっと面白い。


 学生生活の持つ様々な側面を感じられる青春小説の新定番です!





 6位

 恩田 陸『spring』


 天才、恩田 陸が今度はバレエを描くらしい。


 恩田陸作品と言えばやっぱり『蜂蜜と遠雷』ですよね。文章から音楽が聞こえてくるという異常な読書体験は後にも先にもあの時だけ。


 さて、本作ですがこの人は”天才”を描くのがうますぎる。

 我々凡人には到底理解できない領域の感覚的な話を伝わりやすく(だけど陳腐にならず)言語化する能力があまりにも高すぎる。


 「なんかよく分かんないけどめっちゃすごい!」と安心して思わせてくれるのが心地よい。

 「ちゃんと理解しなきゃ……うぅ、でも分かんない」となってしまうと読んでてストレスになっちゃいますからね。


 この小説を読むまでバレエに対するイメージと言えば白鳥の湖くらい(しかも、志村けんの股間に白鳥の頭が付いたやつ)しかなかった。


 だけど、本作を読んでからYoutubeでバレエの動画をちょっと見てみるようになった。特に、作中でも言及されたジョルジュ・ドンのボレロの演目は一度見てほしい。

 私のこれまで知ってたバレエとは明確に違ってて「これってバレエなの?」と一瞬思ったけど、あまりの色気にびっくりしました。


 とまあ、こんな風にこれまで一切興味のなかった分野のことを知れるのも小説を読む利点かなと思います。





 7位

 山口 未桜『禁忌の子』


 デビュー作で本屋大賞ノミネートという結構すごい経歴。


 救急医として働く主人公の元へ自分と瓜二つの死体が運ばれてくるという読了確定のツカミ。


 内容はと言えば著者が現役のお医者さんというのもあって、知識に裏打ちされた医療描写が知的好奇心をくすぐられる。

 それでいて、キャラクターやドラマ演出なんかはかなり意識的にキャッチーにされてる印象だった。


 主人公はゴリゴリに関西弁を使うワトソン役で、ホームズ役は冷静で顔のいい旧友の医者。


 物語開始前に舞台の見取り図が書かれていることからも、本作が本格ミステリを意識して書かれたのがよく分かる。

 実際、じわじわと推論を重ねていって論理的に結論を導き出していく様は完全に本格ミステリのそれ。


 とてもデビュー作とは思えない……


 と、ミステリとして質が高いのに加えて本作ではとある社会問題についても言及されている。物語の核となるので、ネタバレを避けるために言わないですが、単純に「謎解き面白かった~」では終われない考えさせられる結末とも言える。


 そして何よりタイトル回収が気持ち良すぎる。


 ちなみに、本作は第34回鮎川哲也賞受賞作ということもあって、小説のラストに選評が載ってる。


 受賞作である本作に加えて落選作への選評も書かれていて、作家デビューを目指す人なんかはすごく勉強になると思う。





 8位

 宮島 未奈『成瀬は信じた道をいく』


 昨年の本屋大賞受賞作である『成瀬は天下を取りにいく』の続編。


 安定の成瀬節ですね。他に何も言うことないです。

 成瀬という最強のキャラクターにもう一度会えるというただこの一点でこの小説は成立しています。


 深いメッセージ性とかどうでもよくなっちゃう。


 前作が好きな人は問答無用で読んでください。読んでない人は『成瀬は天下を取りにいく』をぜひ読んでください。






 9位

 早見 和真『アルプス席の母』


 高校球児の母親が主人公の高校野球小説。

 高校野球を題材とした作品は数あれど、その母目線というのは初めて。


 高校野球のその裏側で行われている父母会の活動や派閥争いなんかの存在はこれまで全く知らなかった。


 それから、何気にちゃんと子供ことを愛してる親の目線の小説は初めて読んだかもしれない。それも、赤子じゃなくて中学生から高校生にかけての息子。


 小説ってどうしても児童虐待やら毒親やら、あるいはそこまでいかなくても親という立場への疑問やプレッシャーとか、そういうネガティブな面が描かれがちな印象。


 だけど、本作の主人公である母親は息子が寮暮らしになると決まると泣きはらすし、息子の要望に応じて山盛りの米を毎晩炊いてくれたりする。


 世間の親の割合のうち、こういうタイプの親が何割くらいなのか検討もつかないけど、身の回りを見ている感じこっちのタイプの方が普通に多い気もする。


 前述した『子供のことを考えて子供を産んだ親なんて一人もいない。』という一節なんかから、親と子の関係をどこか冷徹に見ることで真実を分かってる風にかっこつけていたけど、もっとシンプルな親子愛についてもちゃんと受け止めないとなと思うきっかけになった。






 10位

 青山 美智子『人魚が逃げた』


 青山 美智子さん、本屋大賞のたびに出合うなあと思っていたら、5年連続本屋大賞にノミネートされてるらしいです。すごすぎる。首位打者じゃん。


 この人の作品は過去本屋大賞にノミネートされた作品しか読んでいないので、ちょうど一年に一回読むペース。


 3冊目にして、この人の作風が少しわかってきた気がする。


 等身大のありふれた悩みを抱える登場人物たちがちょっとした出来事をきっかけに少し前向きになるようなお話を書くのが本当にうまい。


 こういう人間の再起を描く作品は落ち込ませるパートが重すぎて、最終的に幸せになっても、下げが大きすぎて読了後のトータルで気持ちがマイナスみたいなことがままある。


 それに対して、 青山 美智子作品は登場人物の抱える悩みがそれほど深刻じゃない。もちろん、当事者からすれば十分深刻なんだろうけど、割とあっさりしてる。これは書きっぷりが比較的ライトなのも影響してるかも。


 作中人物たちの境遇がフィクションみありすぎない? という野暮なツッコミも「事実は小説よりも奇なり」というテーマに回収されて気持ちいい。


 サクッと読めて、読者のメンタルをさくっと回復させる”読む栄養剤”のような一冊です!






 ということで、今年の本屋大賞ノミネート作10冊の感想でした!

 ランキングを付けはしたものの、ノミネートされてる時点でその年の傑作なので、どれを読んでも後悔はないです。


 ちなみに、今年の大賞は「カフネ」か「死んだ山田と教室」かなぁ、と予想してたら「カフネ」が的中して内心小躍りしてました。


 ランキングの上位の雰囲気を見てもらうと分かったかもしれないですが、最近は割と社会的なメッセージがあったり、自分のこれからの人生に影響を与え得るような作品を好きになりがちです。


 もちろん、読んでて楽しいエンタメ作品しか受け付けない日もあるんですけどね。


 ということで、気になった作品があればぜひ手にとって読んでみてください。本屋大賞にハズレはないですから。

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2025本屋大賞ノミネート作全部読んだ 秋田健次郎 @akitakenzirou

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