第30話 閑話 とある令嬢は思いつめる。


「たかが伯爵令嬢が何様よ! お父様もお父様だわ! 昨年あれだけわたしにクレアール公爵を薦めておいて、ダイムラー伯爵と結婚させるとか、爵位下の男をわたしにあてがうなんて! ゆるせない!」


 ランメルツ侯爵令嬢スザンナの憤りはかなりのものだった。

 昨年、デビュタントとなったスザンナを、かなり強引にクレアール公爵のパートナーに薦めたのは父親であるランメルツ侯爵だ。

 昨年、高位貴族たちはクレアール公爵に自分達の娘を薦めてきた。

 クレアール公爵自身は各家公平にその申し出を受けて対応していたが、ランメルツ侯爵が薦めたスザンナは、「最後に、わたしがクレアール公爵と結婚すれば、問題ない」とばかりにクレアール公爵が対応していたご令嬢達を押しのけるように自分を売り込み、各家から顰蹙を買っていた。

 だが、今年はクレアール公爵が一人の令嬢を自ら選んで、貴族の集まりに出席している。

 昨年同様、横槍を入れようとしたが……。


 そこにいたのはリリーナ・フォン・シュバインフルト。


 昨年は一睨みでクレアール公爵の横をスザンナに差し出したご令嬢達とは違う。


「だいたい、縁談をことごとく断られていたという女じゃないの! たかが伯爵家でしょ? そんな女がクレアール公爵様のおそばにいるなんて、身の程知らずもいいところじゃない!」


 スザンナはお茶会から家に戻ると、足早に、父親の執務室に入り「シュバインフルト伯爵をどうにかできませんの!?」と詰め寄った。

 その様子に、父親であるランメルツ侯爵は溜息をつく。

 若いご令嬢達の集まるお茶会で、クレアール公爵も自分も、下に見た発言をしたと言い募った。


 しかし、先日の夜会の時点で、ランメルツ侯爵は、自分の娘とリリーナ・フォン・シュバインフルトを並べると、軍配はリリーナに上がるだろうなと、見極めが早かった。

 リリーナ・フォンシュバインフルトは伯爵だ。

 醜聞塗れの状態で社交デビューしたのだから、臆して目立つことはないだろうと、誰もが思っていたのに、そんな醜聞はどこ吹く風でしっかり社交デビューで高位貴族達に顔と名前を売ったのだ。

 それだけではなく、下位の貴族家にはすこぶる人気がある。

 実父がアーベライン子爵。海運業で国一番を誇る。

 さんざん断られた縁談は全て下位貴族から選別されている。野心を持った下位貴族が、この縁談に乗らなかったのはこの実父の存在がある。

 海の流通をとどめられるのを恐れた。

 そして先代は王族の家庭教師にと請われ続け、王族との付き合いも並の伯爵家とは頭一つ違っていた。

 本人であるリリーナを前にしたら「これは、スザンナでは太刀打ちできないだろう」と見切りをつけて、慌てて別の貴族家への縁談を探し始め縁談をとりまとめたのである。

 しかし、これにスザンナは納得していなかった。


「どうしてわたくしとダイムラー伯爵家の縁談を進めたのよ、お父様! わたくし、お茶会であの女に侮辱されましたのよ!?」


「夜会でもお前の口を閉じさせる女だ、勝負はあっただろう」

「わたしがクレアール公爵と結婚するのが家の為と仰ってたじゃない!」

「残念だが、時間切れだ。去年のうちにクレアール公爵に嫁入りしていれば、お前の強引な態度も相殺されただろうが、そうならなかった。その時点で、今年、うちは譲歩しなければならない。ただでさえ、同じ爵位の他家からは目をつけられている」

「伯爵家の娘に、わたしが譲らなければならないの!?」

「スザンナ、お前、リリーナ・フォン・シュバインフルトが伯爵令嬢だと勘違いしているだろう。すこし甘やかしすぎたか。そこまで世間知らずならば、爵位上や爵位同等の家とは結婚なんて無理だ。わしのいうことは絶対だ。シュバインフルト伯爵家とやりあう気はない!! 今期、あの家はすでにビュッセル伯爵家から鉱山二つを譲渡されている!! お前にそんな芸当ができるのか!?」


 めったに怒鳴らないランメルツ侯爵に怒鳴られたスザンナは、泣きながら部屋に戻り、調度品に当たり散らした。


「このわたくしが、あんな女に負けるなんて、絶対に嫌!」


 蝶よ花よと育てられて、欲しいものは何もかも手にいれてきたスザンナにとって、自分の思い通りにならないことはこれまでなかった。

 父親も母親も今まで自分の言うことはなんでも聞いてくれた。

 それなのに、何一つ、自分の思い通りにならないなんて。


 ――なんてこと、こんなこと、普通じゃないわ。わたしがレオナルト様と結ばれるべきなのに! なんなのあの女! ほんと邪魔よ! あの女さえいなければ……。


 さんざん散らかった自室で、スザンナが力尽きて、座り込む。


 ――伯爵家の分際で……、あの、偉そうな女さえ……いなければいいのよ。


 そう思うとスザンナは立ち上がる。


 ――そうすれば、レオナルト様も、去年のようにわたしを見てくださるわ。


 スザンナはメイドを呼びつける。


 ――あの女が、レオナルト様の傍から離れればいいのよ。


 リリーナも大概、自信家で傲慢だが、スザンナと違い、自己を俯瞰できる視点がある。

 そして行動の先にどんなことが待っているかという想像力を働かせることができる。

 しかし、ランメルツ侯爵令嬢スザンナは、それを持ち合わせていなかったのだった。



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