第5話 リリーナ様。おじいさまとお別れ


「婿ではなく信奉者を増やしてる……」

「信奉者……お嬢様を信奉するならば、お嬢様を大切にしてくれるのでは!」

「いや、この場合、それはそれ、これはこれ……と彼らの中で線引きがあるように思うのです……ですから、次期シュバインフルト伯爵として敬意はあれど、そこに愛はないので……いい話であっても、身近に生涯を共にする相手とは見ていただけない……」


 そんな筆頭執事と家政婦長の会話を知らないわたしは、めげずに縁談の打診の手紙を送った。

 でも――。


「シュバインフルト伯爵家への縁談、身に余る光栄ですが、私はこの世界の失われつつある魔法の研究にすべてを捧げたいのです」


 下位貴族の次男坊。アカデミーなんかの伝手はない。

 彼の学業成績は申し分ない。彼にはなんと魔力もあって、魔法を行使できるらしい。

 わたしも異世界転生者、魔法には興味がある。こいつを送り込んで、魔法研究させてもいいかもしれない。


「よし、アカデミーの魔法専科に紹介状をしたためましょう」

「はっ! なんと! この御恩は一生忘れ……」

「それはいいから、シュバインフルト伯爵家に婿入りしそうな御仁を紹介してほしい」

「少ない友人関係ではありますが、必ずや!」


 そんなことや。


「シュバインフルト伯爵家への縁談、身に余る光栄ですが、わたしは、リリーナ様の婿には……恐れ多い、できましたら、リリーナ様の持つ商会への参加をお許しいただければ必ずや、お役に立てるでしょう」


 商才に富む人材はシュバインフルト伯爵家には欲しい。

 この人は商家の出だけあって、商業関連の成績がいいのよね。

 筆頭執事クラウドも、お爺様の商会とわたしの商会のやり取りで結構ブラックな業務時間を費やしてる。

 お爺様のこともあるから、クラウドの荷を軽くさせてやりたいな。


「ふむ、貴方の家は商家から貴族位を受けた家門、長男が跡を継ぐから貴方は家を出るけど、同様の商売で身を立てたいのね……」

「は、それが叶いませんならば、従僕としてシュバインフルト伯爵家にお勤めしたく」

「ヨシッ! 採用!」


 こんなんばっかりよ!

 チクショウ!

 わたしが欲しいのは婿であって、使用人や従業員とかじゃないのにいいいい!

 なんだろう、どいつもこいつも「婿には恐れ多い」とか口を揃えて言ってくれちゃってさあ!

 異世界転生して、伯爵令嬢になったのに、見た目だってキレイ系の美女に育ったのに男には避けれられる……。

 前世でこの容姿だったら、絶対、モテモテでしょ、なのになんでよ?

 今世だって、あのくそ生意気な義弟には一応残念がつくけど美人って言われてるのに。


 ――前世同様、やっぱりわたしは……誰からも選ばれないのかな……。


 そんなわたしのメンタルを更に追いやる出来事が起きた。

 お爺様の容態が悪化したのである。

 高齢ということもあって、それが寿命だと、医者も本人も納得してる様子だったけど、やめてほしい。



「もういい……」

「何がいいのです!」

「いや、お前をシュバインフルト伯爵家に迎え入れられたことで、わしの念願は叶ったし、それに孫娘と過ごす日々は楽しかった……」

「お爺様っ……」


 声を大にして絶叫したかった。

 シュバインフルト伯爵が――祖父がどんなにわたしと一緒にいられて楽しかったのか、それはわかっていた。

 わたしの商会を立てるのにも反対なんかしなかったし、領地経営においても、自由にやらせてくれた。

 女の子だからあまり強くなくてもいいよ、なんて、この世界ではみんなが口を揃えて言う言葉も、お爺様はわたしには言わなかった。

 いい子だね。美人だね。優しいね。お爺様は、お爺様だけがわたしを肯定してくれたのだ。

 前世でも、肉親の死は祖父母の葬儀に参加したことはあるけれど、こうして一緒に暮らした家族と死に分かれることはなかった。

 わたしだけが死ぬなら、別にどうでもよかったのに。

 今、祖父と死に別れる瞬間が、こんなにも心を潰すような痛みがあるのかと、初めて知った。


「お爺様……もう少し、もう少し、頑張って……わたし、わたしがちゃんとシュバインフルト家の後継を産むまで――……」


 祖父はわたしの言葉を聞いて、ふっと笑った。


「いいんだ……。リリーナ……誰が何を言っても、お前はお前であればいい。シュバインフルトをお前の代で終わらせてもいい、養子をとってもいいぞ。ただし――……」


 そんなはずない! 養子なんてとったら……お爺様のしてきたことが、全部、わたしが無駄にしてしまうだけじゃない。

 そう言葉にできない。

 皺だらけのお爺様の手を両手で包む。


「結婚は愛する男とするように……それが叶わないなら、たとえ最初は愛がなくても、いずれ穏やかな安らぎを得られる相手を選びなさい……精一杯、この世を生きて、満足してくれればいい。せっかくの可愛い顔がだいなしじゃな……。そんなに泣くな」


 泣くわ! やめて、どうか、神様! もう少しだけ、お爺様をもう少しだけこの世界に――! わたしの傍に!


「大丈夫、わしがずーっと、守ってやるからな……リリーナ……だから、お前は自由に――……」


 お爺様はそう言って、わたしの手を離して、よしよし、とまるで小さな子供を撫でるようにわたしの頬を軽く撫でてくれた。

 お爺様はそんなわたしを見て、ふふっと笑って、ゆっくりと眠るように目を閉じた。


「お爺様?」


 いつもよりお話したから疲れたのかなと思った。

 わたしはお爺様の手をずっと握ってて、また起きたらお爺様が笑ってくれるかなと思っていたけれど……お爺様は目を覚まさなかった。


「お嬢様……ご当主様は……もう……」


 まだ、温かいのに……嘘はよくない。

 わたしの触れているその手だけが温かいとかそんなことはない。そんなことはないのよ。

 しかしそれが事実だった。

 シュバインフルト伯爵は――八十七歳の生涯を終えたのだった。

 そして葬儀で慌ただしい中、あの手紙がやってくる。


「名門であるシュバインフルト伯爵家からのご縁談のお話ではありますが、当家の次男であるベイルは王都の近衛騎士団で身を立てたいとのことを希望しておりますので、今回のお話は断腸の思いではありますが、お断りさせていただきます。シュバインフルト伯爵家の今後のご発展及び良縁が結ばれますことをお祈り申し上げます」


 まるで就活の企業メールのような……通算十四回目の縁談のお断りをもらったショックでわたしはひっくり返った。

 執事も家政婦長も声を揃えて「お嬢様! お気を確かに! お嬢様を私室へ!」なんて言葉を遠くに聞きながら……。


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