Sea:19 ヒトデは、腕から生まれる!?|驚きだらけの海のサバイバル

──春の光が、教室の窓からふんわりと差し込んでいた。


潮干狩り遠足も、お疲れさま会も終わった後。

ふだんより、ちょっとだけ静かな空気が、教室に流れている。


そんな中、教壇に立ったのは──

いつもの担任の先生、ではなかった。


「今日は、副担任の月島先生が授業を担当します」

担任の先生が、いつも通り淡々と、でもどこか優しい声で告げた。


「みんな──月島先生に甘えて、困らせないようにな」


そのひと言を残すと、担任の先生は静かに教室を後にした。


──が。


バタン、とドアが閉まった瞬間。


「わーーーい!!!」

「月島先生だーー!!!」

「今日、絶対たのしいやつだ!!」


教室中に、歓声がわっと広がった。


ミオも、ケンタも、ハルキも、

みんな笑顔で席に乗り出しかける。


「み、みなさんっ──!」


月島先生は、あたふたと手を振った。


「だ、大丈夫ですから……!

また後で、おしゃべりの時間も作りますので……

まずは、ちゃんと、授業を始めましょうね!」


その声に、教室中がくすくす笑いに包まれる。


(……月島先生、すごい人気だなぁ)


ミオは、こっそりそんなことを思った。



【理科の授業スタート】


月島先生は、黒板に「動物のからだ」と大きく書きながら、ふわりと微笑んだ。


「今日は、“生き物のからだのしくみ”について学びます」


「生き物……?」

ケンタが、小声でつぶやく。


「はい。人間の体は左右対称になっていますね。

右と左、鏡のように同じ形をしているでしょう?」


「へえー」

「当たり前じゃないの?」


子どもたちが、わいわいと声をあげる。


月島先生は、コロコロと笑った。


「でも──海の中には、ちょっと変わった形をした生き物もいるんですよ」


「えっ、なになに!?」

ケンタが乗り出す。


月島先生は、ふわっと笑って、


「ヒトデ、です」


と告げた。



「ヒトデは──みなさんの体みたいに左右対称ではなくて、

“五方向に同じ形を伸ばした”特別な形をしています。これを“五放射相称”って言います」


月島先生は、両手をぱっと広げて、星形をつくってみせた。


(その仕草がまた、可愛かった。)


「しかも、ヒトデには目がないんですよ」


「ええっ!?」


「でも、腕の先端に小さなセンサーがあって、

光を感じることができるんです」


「えー!じゃあ光ってわかるんだ!」


「そうなんです。

明るい場所を感じたり、暗い場所に隠れたりできるんですよ」


さらに、月島先生は、ちょっとだけ得意げに微笑んだ。


「ヒトデは、ごはんを食べるとき──

お腹の“胃袋”を外に出して、食べ物を溶かしてから取り込むんです」


「うえええええええええ!!!???」


ケンタが大声をあげて、教室は爆笑に包まれた。



「月島先生、すごいーーー!!」

「なんでそんなに詳しいの!?」

「博士号持ってる!?」


子どもたちが一斉に拍手喝采。


月島先生は、顔を赤くしながら、

「え、えへへ……そんな、そんな……」

と、慌てたように手を振った。


(……月島先生、すごいなぁ)


ミオは、静かに思った。


(みんなに慕われて、

優しくて、

ちゃんと教えてくれて──)


(私も、あんな大人になりたいな)


──ふわりと、憧れの気持ちが、心に芽生えた。



そんな中、ミオが無邪気に言う。


「ほんと、まるで汐ノ宮教授みたい!」


その瞬間。


月島先生の耳まで、真っ赤になった。


「え、えっ……そ、そんな、私なんて……」


慌てたように視線を泳がせ、

ぎこちなく笑う月島先生。


教室は、わっと盛り上がった。


──けれど、その笑顔の奥で、

月島先生の頬は、ふわりと染まったまま、

しばらく、元には戻らなかった。



「じゃ……じゃあ……」

「もうちょっとだけ……ヒトデさんの秘密、教えちゃいますね!」


月島先生が小さく笑うと、

教室がまた、ぱっと明るく盛り上がった。


ミオも、ケンタも、ハルキも、

前のめりになって話を待っている。


月島先生は、ふわっと頬を染めながら、指を一本立てた。




「① 実は──ヒトデって、敵に襲われたとき、

自分の“腕”を自分でちぎって、逃げることができるんです」


「ええええええええ!?!?!?」


教室中がどよめいた。


ケンタは、思わず机からずり落ちそうになる勢いで叫ぶ。


「自分で切るの!? 痛くないの!? なにそれ怖っ!!」


月島先生は、コロコロっと笑いながら続けた。


「『自己切断(オートトミー)』っていうんです。

大事な腕を犠牲にして、命を守るための知恵なんですよ」


「……海の世界、サバイバルすぎる……」

ハルキが震えながらつぶやいた。



月島先生は、指を二本にして、さらに続ける。



「② でも、大丈夫です」


「失った腕は──また生えてくるんです」


「えええええええええええ!!!?」


再び爆発する教室。


「ゾンビじゃん!!!」

ケンタが必死にツッコミを入れる。


──そのとき。


月島先生は、ふっと困ったように笑って、


「……どちらかというと、ピッコロさんですかね?」


ぽそりとつぶやいた。


「……え?」


教室中が一瞬、凍りつく。


「先生、まさかのドラゴンボール……!?」


ケンタが絶叫する。


月島先生は、恥ずかしそうに指先でカップをいじりながら、


「え、えへへ……昔ちょっと、ね……」


とコロコロ笑ってごまかした。


──教室、再び爆笑。


ミオも、ハルキも、笑いながら

「先生、意外にヲタク寄り……」

と目を丸くしていた。




そして──月島先生は、指を三本立てて、さらに話を続けた。




「③ さらに!」


「種類によっては──ちぎれた“腕だけ”から、新しいヒトデの体ができることもあります!」


「ちぎれた腕から──もう1匹できるの!?!?」


ハルキが、目を見開く。


「そうです」

「“本体に近い部分”が残っていれば──

そこから全身を再生できる種類もいるんです」


ケンタは、机に突っ伏しながら震えた。


「それって……俺で言ったら、腕だけでオレもう一人作るってことだろ……」


「わあああああああああ!!!」

教室、もはや悲鳴と爆笑の渦。


月島先生も、手で口元を押さえて笑った。




「④ そして最後に──」


月島先生は、指を四本にして言った。




「ヒトデには──血管がありません」


「……え?」


一瞬、教室が静まった。


月島先生は、静かに微笑みながら続けた。


「人間には血液が流れていますよね。

でも、ヒトデの体の中を流れているのは──

“海水”なんです」


「……海水!?」


ミオが思わず声をあげた。


「はい」

「ヒトデは、周りの海水を取り込んで、

自分の中をめぐらせながら生きているんですよ」


ハルキが、小さな声でぽつりと言う。


「……海って……生き物の形してる……」


ケンタは、顔を青ざめさせて、机に突っ伏した。


「海、やっぱりモンスターの巣窟だ……!」


──教室はまた、大爆笑に包まれた。




そんな中、ケンタが、はっと顔を上げる。


「え、待って待って!!」


「これさ、教授がこの前ウミウシの話してたとき──

似てない!?似てない!?!?」


月島先生は、ふわっと笑って、

黒板にサラサラとチョークを走らせた。



「ウミウシとヒトデは、見た目はちょっと似ているかもしれませんが──」


「実は、まったく違うグループの生き物なんですよ」


「ヒトデは、“棘皮動物(きょくひどうぶつ)”。

体にかたい骨のかけらを持ち、五放射相称の形をしています」


「ウミウシは、“軟体動物(なんたいどうぶつ)”。

イカやタコの仲間で、体は柔らかくて、カラフルです」


ミオたちは、再び目を丸くする。


「さらに──」


「ヒトデは海水を取り込みながら生きていますが、

ウミウシは、血液のような液体を循環させています」


「胃袋の使い方も違って、ウミウシは体の中で消化します。

外に出すことは、基本的にありません」


ケンタが、ぐらぐら震えながらつぶやいた。


「つまり──

海は、モンスターだらけってことか……」


教室、どっと笑いが起こった。


月島先生も、ふわりと笑いながら、最後にこう言った。



「だから──」


「海の生き物たちは、

見た目が似ていても、

みんなそれぞれに違った、生き方をしているんですよ」


「そして──

どんな命も、一生懸命なんです」


──優しい光が、教室いっぱいに降り注いでいた。





ガラッ。


教室のドアが開いて、担任の先生が顔を出した。


「お、みんな。月島先生を困らせたりしてないか?

ちゃんと真面目に授業、聞けたか?」


子どもたちが、元気よく「はーい!」と返事をする。


担任の先生は、ふっと目を細めて、


「あと10分残ってるぞ。しっかりなー」


そう言い残して、また静かにドアを閉めた。


──そして。


教室には、あたふたと焦る月島先生が残された。


「え、えっと……あのっ……まだ、“生き物の分類”の話、半分も……」


ノートをめくりながら、月島先生が大慌て。


それを見た子どもたちは、くすくす笑いながらも、

優しく声をかけた。


「せんせー、放課後に、どこまでノート取ればいいか教えてー!」

「先生、今日すごく楽しかったよー!」


その声に、

月島先生は、顔を真っ赤にして、

うん、うん、と何度も頷いた。


──

教室の空気は、あたたかく、春の光に包まれていた。


そして、

ミオの心の中にも、静かに小さな憧れが育っていった

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