Sea:14 ホタテは100個の目で見ている|見えすぎちゃって困る!?
「今日の給食、ホタテ入ってたよね」
昼休みのグラウンド脇で、ミオがぽつりとつぶやいた。
ケンタはサッカーボールを手にしながら、うんうんとうなずく。
「うまかった!けど……ホタテってさ、あれ目なの? なんか黒い点いっぱいあった気がするんだけど」
「目?」
ハルキが眉をひそめる。
「貝に目があるわけないじゃん。貝柱しかないと思ってた」
ミオは、少し考えるように空を見上げた。
「なんかね、図鑑で見たことある。ホタテのふちに、キラッて光る点がいっぱいあったような……」
「ふち? それって模様じゃなくて?」
ケンタが笑いながら首をかしげる。
「たしか海のあそびラボの図鑑コーナーに載ってたよ」
誰ともなくそう言い出し、3人は並んで海辺の研究館──海のあそびラボへ向かった。
静かな午後の海のあそびラボ。窓から潮風がそっと吹き抜けるなか、背表紙が並ぶ棚の奥に、今日もあの人物がいた。
「……ホタテに目があるなんて、信じられるか?」
突然の声に振り向くと、汐ノ宮教授が本の山を前に座っていた。
「やっぱり目なんですか?」
ミオが近寄ると、教授はにやりと笑う。
「あるとも。しかも……百個だ。」
「ひゃ、百!? それって……」
ケンタが目を丸くする。
「100人分の視力……いや、100方向を同時に見てるの?」
「ま、実際には“見る”というより“感じる”に近いがな」
教授は机の上から図鑑を一冊取り出すと、ホタテのページを開いて見せた。
そこには、貝のふちにびっしりと並ぶ小さな青い点。よく見ると、確かに“目”のような構造をしている。
「ホタテの目は、**外套膜(がいとうまく)**っていうひらひらした部分に沿って並んでいる」
教授が図鑑の写真を指でなぞる。
「一つ一つの目は、ちゃんとレンズと網膜を持っていて、カメラのような構造をしてるんだ」
「でも……ホタテって、目が見えてるのに、頭ないですよね?」
「うむ。脳は発達していない。でも光の変化を感じて、“ヤバい!”ってときには一瞬で逃げる」
「反射神経すご……」
ケンタが感心する。
「おもしろいのは、彼らの目は“二重網膜”という特別な構造で、反射板のように光を捉えるんだ」
「反射板?」
「つまり、後ろからも照らして、より多くの光を集める鏡みたいな目さ。深海のカメラにも応用されている技術だよ」
「しかも、視神経がつながってないのに、危険を感じて逃げる……って、どうやって?」
「そこがホタテのすごいところ。“見る”というより“光の変化を感じてる”という感覚だね」
「でも、それってさ……見えてるのに、わかってないってこと?」
ミオがぽつりと呟いた。
「おもしろいことを言うね。実際、人間もそういうことがある。“目に映ってるのに、気づけない”」
「ホタテは、そういう“気配”に特化してるのかも」
「まさに、海の中のセンサー」
教授の言葉に、3人はじっとホタテの写真を見つめる。
「じゃあさ、ホタテって実は海の中の監視カメラなんじゃない?」
ケンタが急に言い出す。
「うわ、それ怖い! 全部見られてたらどうしよう……」
ミオが肩をすくめる。
「100個も目があったら、どれでウインクするのが正解なのか迷うよね」
「全部いっせいに閉じたら……それって、まばたき?」
「ホタテ戦隊!100レンジャー!」
ケンタが机に立ち上がってポーズを取る。
教授が苦笑する中、ラボの空間はほんの少しだけ賑やかになった。
「そういえば……」
教授が少し懐かしそうな口調で言った。
「マリ・ティボダンという女性研究者がいた。彼女は若いころからホタテの視覚構造に魅せられて、その生態を30年以上研究した」
「へえ……ホタテ一筋?」
「そう。彼女はフランス出身で、1970年代から生理学と海洋生物学の境界を専門にしていた。最初は、カメラのような“光の仕組み”に興味があったらしい」
ミオが目を輝かせる。
「それって、ホタテの“目”とつながるんですね?」
「その通り。あるとき、彼女は浜辺の市場でホタテの貝を見たときに、そのふちに青く光る“点”があることに気づいた」
「ふつうの人なら、見逃しそうなところを……」
ケンタがつぶやく。
「彼女はそれを“生きたカメラ”と呼んだ。動かないはずの貝が、まるで目で世界を捉えているように感じたそうだよ」
「おもしろい……」
「彼女の論文は当時の海洋学会で注目され、のちにホタテの二重網膜構造や視覚反応の神経メカニズムを解明するきっかけになった」
「じゃあ、ホタテの“目”が科学として認められるきっかけを作った人なんだ」
「うむ。見るとはどういうことか──それを問い続けた姿勢が、科学の発見につながったんだよ」
「最近では、ホタテの目の構造を模したカメラセンサーも開発されていてね」
教授が、ノートPCを開いて映像を見せてくれた。
「反射型の視覚センサー。暗闇でも動きを感知するタイプで、防犯や水中探査に使われ始めてる」
「ホタテが、未来のロボットにまでつながってるなんて……」
ミオが目を丸くする。
「見えすぎちゃって、困る……じゃなくて、助けられる時代だね」
ケンタが笑う。
静かに夕陽が差し込む海のあそびラボで、ホタテは静かにその“百の目”で、光を感じていた。
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