Sea:02 海は、まだ3%しかわかっていない|白衣とスニーカーの距離感
海は、宇宙よりも身近なのに、どうして“わからないこと”ばかりなんだろう?
子どもたちと教授が「海の謎」に向き合う、やさしくて静かな科学会話。
「わからないって、こわくない」──そんな気づきが、心に静かに残るお話です。
「海って、地球のほとんどがそれなんでしょ?」
読書スペースのソファで、ハルキが地球儀をくるくる回しながら言った。
「じゃあ、もう全部わかってるもんかと思ってたよ。海のことも」
ミオがページをめくりながら静かに答える。
「それがさ、わかってないんだって。たったの3%なんだってさ」
ケンタがソファから顔を出して付け加えた。
「えっ、3%?」
ハルキの手が止まる。
「うん。昨日、教授が言ってた」
ミオが小さくうなずいた。
「3%って、それ“氷山の一角”ってやつじゃん」
ハルキが地球儀を指でつつく。
その声に反応したように、ラボの奥から丸メガネの教授がひょこっと顔を出した。
「おや。話が早いね。ちゃんと聞いてくれてたんだ」
紅茶のカップを片手に、汐ノ宮教授が静かに歩いてくる。
「その“3%”というのは、主に深海の話。まだ、地形も生き物も、
ほとんどわかっていないんだ」
「そんなに?」
ケンタが体を起こして言う。
教授はうなずいた。
「海の底は暗くて寒くて、光も届かない。水圧もすさまじい。
人間が行けるような場所じゃないんだ」
「だからロボットで調べてるんだよね?」
ミオがそう言うと、教授はにこっと笑う。
「そう。でも、まだ足りない。たとえるなら——」
教授はそばにあった地球儀を軽く回す。
「地球という分厚い本があるとして、いま読めてるのは……最初の300ページくらい」
ケンタが息をのむ。
「宇宙って、遠いから行くのがむずかしいのはわかるけど……」
ミオが静かに言った。
「海は、すぐそこにあるのに、なんでこんなにわかってないんだろう」
「そう。そこが面白いところだね」
教授がうなずく。
「すぐそばにあるのに、実は何も知らない。そういう場所が、この地球にはまだ残ってる」
「……それって、ちょっとロマンあるかも」
ケンタがつぶやいた。
「ってことはさ……まだなにがいるかわかんないってこと?」
ケンタの声に、少しワクワクした色が混じる。
「アトランティスとか、海底人とか、人魚とか。
いたとしても、おかしくないってことじゃん!」
「また始まったよ」
ハルキがつぶやいた。
でも、ミオはふっと笑って、そっと言った。
「……いないって、証明されたわけじゃないよね」
教授は、紅茶を一口すすった。
「科学っていうのは、“いる”とも“いない”とも、決めつけない。
“もしかしたら”を、大切にする」
ミオは、その言葉に目を細めた。
「“知らない”って、こわいことじゃないんだ」
ケンタがごろんと寝返りながらつぶやく。
「なんかさ、“知らぬが仏”って言うけど……
知らないことが多い方が、逆に楽しいのかもな」
「そのことわざ、、、、、、ちょっと意味ちがうよ」
ハルキがすかさずツッコむ。
「えっ、ちがうの!?」
「ほんとは、“知らない方が苦しまなくてすむ”って意味」
教授が補足し、ケンタは「うそーん」と言いながら頭をかいた。
ミオの視線が、そばの棚に向かう。
そこには、手のひらサイズのガラス瓶が飾られていた。
瓶の中には、しずく型の乳白色のかたまり。
表面には細かな枝のような模様が浮かんでいる。
「……さんごちゃんも、まだわかってないことばかりだよね」
ミオがつぶやいた。
「この子、ミオが拾ってきたんだよな」
と、ケンタ。
「うん。なんか、呼ばれた気がして」
ミオは静かに瓶を見つめていた。
名前は“さんごちゃん”。けれど、それが本当に珊瑚なのかも、まだ誰にもわからない。
「でも、わかってないって、けっこういいかも。
知らないままでも、ちゃんと一緒にいてくれるし」
ケンタが横目でさんごちゃんを見る。
「なんかそれ、友だちっぽい」
教授が立ち上がって、ふとつぶやいた。
「白衣とスニーカーが、同じことで考えてる。……いい距離感だね」
ハルキが顔をしかめる。
「え、またその名言っぽいやつ?」
「知ってる人と、知りたい人が、いっしょに“わからない”を楽しんでる」
教授はそれだけ言って、紅茶を飲み干した。
ミオはさんごちゃんを見つめながら、目を細めた。
「……わかんないって、悪いことじゃないんだね」
“知らない”ことは、こわくない。むしろそこから、なにかが始まる!
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