第2.5話 たかがお菓子、されどお菓子 — 後日談:再戦の構え —
それは、ある放課後のことだった。
部室の机の上に、あのふたつのお菓子が再び置かれていた。
言うまでもない。
あの、見た目に差がある、触感に主張のある、そして全国の議論を割るふたつの、あれだ。
「また、やるんですか……?」
僕がややげんなりしながら言うと、鶴矢先輩はにこにこと、実に機嫌よさそうな笑みを浮かべた。
「やるんじゃなくて、“結果を見せる”の。
前回、私が勝ったとは言わなかったでしょ? でも今日は、そう言わせてもらうから」
「なにか仕掛けがあるんですね」
「ふふ、バレた? じゃあ、ひとつずつ味見してみて。感想、教えて?」
先輩の指示に従って、僕はまず、細長くてチョコの帽子をかぶった方を一口。
――ん? なんか違う。
「……これ、味が……?」
「気づいた? 限定の“深煎りビターコーヒー味”なんだって。ちょっと大人っぽくない?」
「はあ……」
続いて、丸っこくてずんぐりした方も一口。
――ん? これも?
「こちらは、“焦がしキャラメル&ソルト”だよ。甘すぎないの、好きでしょ?」
「まさか、どっちも限定フレーバー?」
「うん。今の勝負は、最新の状態で行うのがフェアだから。ね?」
つまり先輩は、限定フレーバーを手土産に、もう一度この勝負をしかけてきたというわけだ。
「で? どっちが美味しかった?」
「……どっちも、それぞれ個性があって……」
「君、また引き分けに持ち込もうとしてるでしょ」
鋭い。
「そういう中立なフリ、よくないよ? 誰かが選ばなきゃ、世界は進まないんだから」
「……いや、それにしてもこの味、たしかに美味しいですけど、でも僕、前からこっちの方が」
そう言いかけたとき、鶴矢先輩はゆっくりと、手のひらをこちらに向けて言った。
「言わなくていい。
わかってる。君がそっちを選んだこと、もう顔に出てるから。」
「出てません」
「出てるよ。唇にちょっとチョコついてるし、それ舐めた後の顔、“これ好き”って顔だったし」
「そんな顔してません!」
「してた。可愛かったよ」
一瞬、空気が止まった気がした。
僕はカップの紅茶をやたら長く啜ってごまかす。
「……じゃあ、僕の負けってことでいいです」
「よろしい。じゃあこれ、勝者の特権で言わせてもらおうかな」
先輩は箱から、ひとつだけチョコをつまんで、僕に差し出した。
「これ、あーんする?」
「えっ」
「冗談。……半分本気だけど」
ふふ、といたずらっぽく笑って、先輩は自分でそれを食べた。
なんとなく、今日の勝負は、“お菓子”の話で終わらない気がした。
そして、数日後。
僕の机の中に、そっと入っていたメモ。
《次の限定フレーバー、出たらまた勝負しようね。
負けたら、ちゃんと好きって言わせるから。
— 先輩より》
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