第6話 三題噺、勝負をしよう

「君、即興でお話をつくるの、得意?」


鶴矢先輩が、紅茶のカップを片手に、唐突にそんなことを言い出したのは放課後の部室。

窓の外では、風に揺れる風鈴がカランと鳴っていた。まだ夏には早いのに。


「……得意ではないですけど、嫌いじゃないです」


「じゃあ、勝負しよう。三題噺」


僕が目をぱちくりしていると、先輩はふふっと笑って、指を3本立てた。


「お題はね、風鈴・忘れもの・片思い。この3つを使って、即興で話を語る。

先攻後攻はじゃんけんで決める?」


「それ、先輩が後攻を選びたいだけじゃないですか」


「バレた? じゃ、先に話して?」


仕方なく僕は、カップを置いて、思いつきの話を始めた。


「ある日、ある場所に、ある高校の文芸部の部室がありました」


「なんか聞き覚えがあるスタートだね」


「気のせいですよ」


「ふふ、はいはい。続けて?」


僕の話はこうだ。


風鈴の音がよく聞こえる部室で、男子生徒がひとり、帰り支度をしていた。

そのとき、机の上に誰かのハンカチが置きっぱなしになっているのに気づく。

そのハンカチには、見覚えがあった。いつも隣に座る先輩のものだった。


彼はそれをポケットにしまって、追いかけるように廊下へ出たが、先輩はもういなかった。

その日、風が強く吹いて、風鈴が大きく鳴った。


次の日も、その次の日も、彼はハンカチを返せずにいた。

それは、理由があったから。返したら、何かが終わってしまいそうで怖かったから。


彼は、ただの「忘れもの」を、ずっと持ち続けることにした。


それが、彼の片思いだった。


話し終えると、鶴矢先輩は口元に手を当てて、しばらく黙っていた。


「……優しい話だね。でもちょっと、ずるい」


「ずるい、ですか?」


「うん。返せないことを、恋のせいにするのって。

でも、たぶんそれくらいの勇気がないと、片思いって保たないんだろうな」


そして、鶴矢先輩は、今度は自分の番だとばかりに背筋を伸ばす。


「じゃあ、私の話」


ある町に、風鈴を集める女の子がいた。

彼女は少し変わっていて、人が忘れていったものを集めては、物語を作るのが趣味だった。


ある日、文芸部の部室で、彼女は“ある男の子”の本を見つけた。

そこには、短編が挟まれていて、こう書かれていた。


『風鈴の音が鳴るたびに、君の顔を思い出す。忘れたくても、忘れものみたいに、ずっと残ってる』


彼女はその文章を読んで、静かに笑って、本の間に手紙を挟んだ。


それは返事のようで、返事ではなくて、

告白のようで、告白でもなくて。


彼女は、風鈴が鳴る日が来るたびに、その本を彼に返しそびれるのだった。


話し終えた鶴矢先輩は、少しだけ紅茶を啜って言う。


「ねえ、君の話と私の話、合わせたらちょっと綺麗じゃない?」


「そうですね」


「まるで……どっちが“本当のこと”か、よくわからなくなるくらい」


「どっちも嘘で、どっちも本当かもしれません」


「ふふ、それ、気に入った。

じゃあ次の放課後も、また別の三題でやろうか。

それとも、続きの話をしてみる?」


僕はうなずいた。

風鈴の音が、また、カランと鳴った。

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