第3話 加藤先生 vs C君

C君「それなら、先生の保温機能付きジャーだってアウトだし、学校の水道でクルマを洗車してる安部ちゃんだってアウトでしょ。都合の良い二枚舌使うと生徒の信頼を失った挙句、閻魔様に舌抜かれますよ?2回くらい。」


23歳、数学教師になったばかりの加藤敏はぐぬぬ、と言葉に詰まった。


なぜこいつはこんなにも弁が立つのか、腹立たしい。


いっそ殴りつけてやれば気も済むのかもしれないが、昨今、体罰は厳に禁止されているし、PTAも絡んだ問題にも発展すれば職員室は大騒ぎになってしまう。


でも、なんだかものすごくムカつく。


C君「なんかものすごく不満そうですね…、大丈夫ですか?何か言いたいことでも?あ、ただ、僕は真面目なので授業を復習するためにボイスレコーダーで授業を録音していて、ついスイッチを切り忘れている可能性もあります。ご発言には気を付けて!」


最初は数人だったギャラリーもいつの間にか見物客が増えていて、


「カトビンに賭ける人いないのかよ、オッズがゼロ百じゃ賭けにならないよ!」


という叫び声まで聞こえる。


落ち着け、俺。


加藤「ふうう。いいか、4時間目が終わって腹が減っていることは分かる。そして温かい食事をしたいという気持ちもわかる。しかし、だ。」


先ほど取り上げたを目の高さまで持ち上げ、


加藤「昼休みにホットプレートで焼き肉というのはダメなんじゃないか? しかもその肉はロース、カルビどころかホルモンまであるじゃないか。全部で何キロくらいだ? 見た感じ4~5キロはあるな。ここで食べ放題でも始めるつもりか?いくら窓を開けていたからといって、クラス中が煙だらけになって、火災報知器が作動してしまうぞ。昼休みの焼き肉で消防が駆けつけるトラブルになるだろ」


C君はきょとんとして、


C君「え?知らないんですか? ああ、可哀そうに。きっと職員室で仲間外れにされてるからだ」


周りの数人も目を閉じてうなずき、ああ、可哀そうに、と憐れみの表情を向ける。


なんかすげームカつく。


加藤「何を?」


憐れみの表情のままC君は加藤に説明を続ける。


C君「去年の秋は別のクラスで昼休みに七輪でサンマを焼いて食べたんですよ。当然ケムリがすごいじゃないですか。で、火災警報器がバンバン鳴って、消防車が来る騒ぎになったんですよ。でも、この地区の消防署の署長ってウチの卒業生で、校長先生と相談した結果、じゃあ火災警報器全部切っておこうって話になって、全部切れてます。火災警報器のボタン押しても、火事になっても警報器は鳴らないです。」


なんかクラっとした。


お昼のサンマを火災の危険よりも優先するとは。


加藤「この学校は狂ってるのか?」


C君はそれには取り合わず、


C君「どうやら、その話、市議会まで上がって問題にはなったみたいです」


そりゃそうだろうよ。


C君「でも、市長がこの学校のPTA役員なので、まあいっか、という話になったみたいで」


市長も頭がトチ狂ってるのではないか。


なんだろう、昼休みに焼き肉大会を開こうとしてるのを注意したのだが、もしかして俺の価値観がおかしいようにも思えてきた。


C君「ともあれ、これは16歳の健全な学生が栄養を摂取するために必要なタンパク源であり、単なるお弁当です。お弁当が校則違反になるわけないですよね。高校一年の男子が食料を取り上げられたら暴動を起こしますよ?ちなみに炊飯器は教卓の下で稼働中で、あと2~3分で炊き上がります。コシヒカリです。焼き肉にはやっぱりご飯でしょ。それじゃ健康なカラダ作りのために必要なホットプレート返してください。」


そう言ってC君は掲げられたホットプレートに手を伸ばすと、


「バカタレ」


とC君の頭にゲンコツが下ろされた。


騒ぎを聞きつけたベテランの教師がいつのまにか横にいて、容赦なく罰を下したのだった。


熊のようにでかいので、生徒からは親しみを込めてクマンボと呼ばれている。


C君は頭を押さえて涙目である。


クマンボ「はっはっは。面白いなー。サンマの次は焼き肉か。そのバイタリティは認めるが、ご近所の迷惑になるからダメだ。諦めろ。そしてホットプレートは取り上げだ」


C君「痛ってー。体罰反対!そして、ホットプレートなかったらお腹空きすぎて死んでしまう」


クマンボ「ご飯はかろうじて許す。それで何とかしろ。はっはっは。さあ、加藤先生、まともに取り合わなくていいですから、行きましょう」


クマンボはカトビンの肩を叩いて職員室に促し、カトビンは釈然としない表情でその後を追った。


両手でホットプレートを抱えたままである。


なんだか、いろいろと想像を超えた学校であることには違いない。


クラスの数人はお弁当を広げて彼らのやりとりを楽しんでいたが、クラスのほとんどは焼き肉を楽しみにしていた連中である。


その表情は固い。


カルビ、ロース、ホルモンなどの生肉はクーラーボックスに入ったままで、このままではどうしようもない。


そんな時、炊飯器がピー、と鳴った。


クマンボとカトビンが廊下の向こう側に姿を消したのを確認して、誰かが、


「行った!OKだ」


あっという間の早業で、机を集めて大きなテーブル代わりにし、C君はクラスの後ろで布が掛けられていたソレを真ん中に置いた。


2台目のホットプレートであった。


しかも取り上げられたのよりも若干大きいサイズのものだった。


C君「者ども、宴の時間だ!」


そして昼休みの焼き肉大会が始まったのだった。





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