スローライフを送りたいだけの俺が大剣豪に100万回斬られたら、いつの間にか自分が大剣豪になっていた話

まさ

プロローグ 辺境の村の少年

 空には雲が垂れこめて陰鬱で、これからの前途を予感させてくれているかのようだ。

 ここは辺境にあるイソ村、牧歌的な農業以外には、何も無い場所だ。

 そんな場所にある日突然、ローラシア王国の王都ロゼリナから、騎士団が訪れた。


「この村の若者は、これで全部か!?」


 白い鎧をまとい、腰に剣をぶら下げた男が、声を荒げる。

 今ここには、村の若い男子200人ほどが集められている。

 若いと言っても、中には40歳代ほどの人も混ざっているのだけど。


「私はローラシア王国近衛騎士団の大隊長、ソード・アシュレイだ。今この国は、危機に瀕している。敵をはね返して反攻に転じるため、諸君らの力を貸して欲しい!!」


 これは要は、徴兵なんだ。

 隣国のバリサミア帝国とは長年にわたって戦争が続いていて、戦況が良くないとの噂は聞いていた。

 だからきっと、こんな小さな村にまで、騎士団が訪れたんだ。


 行きたくないな、そんなとこには。

 俺なんかがいたって、きっと全然役には立たない。

 武器を持ったことはおろか、喧嘩だってまともにやったことがない。

 敵の兵士に斬られるか魔法でやられるかで、さっさと死んでしまうだけだ。

 

 けれどここで嫌と言うと、王命に背いたことになるから、後でどんな目に遭うのか分からない。

 それに、


「よおおっし! 俺は戦いに行って敵をバタバタと倒して、この国を救ってみせるぜ! この俺の英雄譚を目にしやがれ!!」


「きゃああ~、コーネリウス様、恰好いい!」

「この国をお救い下さいまし!」

「無事なお帰りを、お待ちしていますわ!」

「さすがは村の英雄コーネリウス! みんな、俺達だってやってやろうぜ!!」


「ははっ、任せとけよみんな! 帰って来たら、また一緒に熱い夜を過ごそうぜえ!」


「「「きゃああああ、コーネリウスさまあ!!!」」」


 コーネリウス・ファジアーノ、この村の村長の息子で、村で一番のマッチョマンだ。

 顔だって整っていて、村の女の子達はみんな、彼に夢中だ。


 村の観衆から、歓声がどっと沸き上がる。

 若者達は、やってやるんだとめいめいが叫んでいる。

 ここで俺だけ嫌だって言ってしまうと、もうここには住むことはできなくなるだろう。

 みんなから、冷たい視線を投げつけられて。

 そんなことになったら、俺だけじゃなく、妹まで……


「ことは急を要する! 直ちに支度をして、ここに集まるように!」


「「「おおお~!!!」」」


「コーネリウス様、絶対に戻って来て下さいませねえ!!!」

「また熱い夜を過ごせること、お待ちしていますわ!」


 怒号のような雄たけびが、あちこちで沸き上がる。


 けど……中には、暗い顔に沈んでいる人だっているみたいだ。

 とぼとぼと、重たい足を引きずるかのように、この場を離れようとしている。

 きっと……俺と同じような気持ちなんだろう。


 今からすぐに、ここを立たないといけないのか。

 暗い気持ちになって、家に続く石畳の道を歩きだした。


「お、お兄ちゃん……」


「……フェシス……」


 一つ年下のまだ15歳、たった一人の小柄な妹だけが、俺のことを迎えてくれた。

 いつもと同じの、擦り切れた洋服姿で。

 父さんも母さんも亡くなって、兄妹二人だけで生きてきた。

 ずっと貧乏だったけど、なんとか力を合わせて。


 畑で採れた野菜や、鶏の卵や牛乳を収穫して。

 それを食べたり、売りに行ったりして。

 贅沢はできなかったけれど、二人でのんびりと暮らしていたんだ。

 俺はそれでよかった。

 この村のことは好きだし、親切にしてくれる人だってたくさんいる。

 

 でも本当なら、フェシスには学校にも通わせてやりたかった。

 ごめんな、そんな余裕はとてもなくて。


 もし俺がいなくなったら、こいつはどうなるのだろう?


「お兄ちゃん、行っちゃうの?」


「うん。みんなが行くんだから、俺だけ行かないわけにはいかないよ。だから、留守番をしていてくれるかい?」


「う、うん。私待ってる。だから絶対に、また戻って来てね!」


 クリクリの大きな瞳に、涙をいっぱい溜めている。

 俺と同じ黒色をした、長い髪の毛を微かに風で揺らして。

 こんな子を一人で置いて行くなんて……耐え難いけれど、でも今は、そうも言っていられない。


 バリサミア帝国に蹂躙された国の住人は、奴隷になったり、魔獣や亜人族の餌になっていると聞く。

 もしこの戦争で負けたら、ここで平和に暮らしていくことだって、できなくなるんだ。

 もし俺がいなくなったとしても、フェシスの生活だけは守りたい。


 もっともこんな貧弱な俺が戦場に出たって、何の役にも立たないだろうけど。


「お、お~い、ケイン? お前も行くのかよ? 怖かったら、家の中に引っ込んでてもいいぞ? どうせお前なんか、何の役にも立たたんだろうよ。あっさり死にに行くだけだぜ?」


 うるいさな、わざわざそんなことを言いに来たのかよ、コーネリウス。

 そんなことは分かってるよ、けど、


「みんなが行くのに、俺だけ行かないわけにはいかないだろ」


「ははっ、そうかよ? なら、他のやつの足は引っ張るんじゃねえぞ。せいぜいオークかゴブリンの餌にでもなって、時間稼ぎでもしてくれよ!」


 こいつとは、昔からソリが合わない。

 いつだってからかわれて罵られて、蔑まれて。

 でも村長の息子だから、ずっと、あまり言い返せないでいた。

 こいつはいつだって綺麗な服を着て、美味い物をたくさん食って、可愛い女の子達と一緒にいて。

 俺とは正反対の世界に住んでいるやつだ。


 俺なんかは別にいいけど、フェシスにはもっと、いい暮らしをさせてやりたかったな。

 もっとお腹いっぱいに食べさせてやって、綺麗な洋服だって着せてやりたかった。

 いつも自分のことよりも俺を気遣ってくれる、優しい妹だ。


 こんな情けない俺だけれど、ここで引くわけにはいかないんだ。


「まあ、俺なりには頑張るよ。お前に言われるまでもない」


「はははっ、まあいないよりはマシってくらいにはなってくれよ! この貧弱野郎!」


 大歓声に包まれながら去って行くコーネリウスを見送って、フェシスと一緒に家に向かった。

 そこで身支度を整えてから、二人で抱き合った。


「私、ずっと女神様に祈っているから! お兄ちゃんが無事に戻って来られますようにって! お父さんもお母さんも、きっとお兄ちゃんのこと、守ってくれるから!」


「うん、ありがとう。行ってくるよ。お前も体を大事にな」


「うん、お兄ちゃんもね! 大好き、お兄ちゃん!!!」


「……俺もだよ、フェシス」


 短い別れの時間を終えて、血涙が流れ出すほどの痛い想いを抱えながら、集合場所に移動した。


「よおおし!!! みな、しゅっぱああ~つ!!!」


 騎士団のなんとかいう大隊長の声に従って、みんな歩き出した。


 そして、そこから不眠不休で10日あまりをかけて連れて行かれたのは、灼熱の戦場。

 蜃気楼が浮かぶ地平線の彼方から敵が押し寄せ、兵士や魔物達が血で血を洗い、生死が入り乱れる地獄の最前線だった。


 この時はまだ知らなかったんだ。

 そこには気が遠くなるような苛烈な時間が待っていて、でもその先に、たくさんの出会いと冒険が待っているのだということを。





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