悪魔のように黒く、地獄のように熱く。
きょうじゅ
Snowwhite
むかし、むかし。あるところに、それはそれは美しいお妃さまのいる王国がありました。お妃さまは鏡の前で、「鏡よ鏡、鏡さん。世界で一番美しいのはだあれ」と尋ねることを日課にしておりました。鏡はもちろん返事なんかしませんが、彼女がそう言うたびに、鏡係の召使いが、鏡の裏側から「はい、それはお妃さまです」と答えるのでした。鏡係の召使いは固定ではなく、大勢の召使いたちが日替わりで担当しておりましたが、それで万事問題なくことは回っていました。
そうして、日々は平和に流れてゆきました。お妃さまというくらいですから王様もおり、二人の間には珠のような女の子が生まれました。その子は透き通るほどに白い肌をしておりましたので、白雪姫とあだ名されるようになりました。白雪姫がまだ小さい頃は特に何も問題は起こらなかったのですが、やがて白雪姫は美しく、また聡明な少女に育ちました。
そんなある日のことです。その日の鏡係の担当が急に暇を出され、後任を誰にするかで召使いたちが大慌てで話し合いの場を設けている間に、白雪姫がふらりとお妃さまの部屋に入りました。お妃さまは「鏡よ鏡。返事をしなさい。今日に限ってどうしたの」と言っていました。
「どうしたの、お母さま」
と白雪姫は尋ねました。
「ああ白雪姫。この鏡は、いつだって『この世で一番美しいのは、お妃さまです』と言ってくれるんだけどね。今日に限って返事をしないんだよ」
すると白雪姫は言いました。
「お母さま、そんなのっておかしいわ。この世には『いちばん美しい人』なんてものはいないのよ。美というものは主観によってしか決定され得ない問題だから、だれだれにとって一番美しい人はだれか、ということを決めることはできても、この世で一番美しい人を決めるなんてことはできないの」
「それじゃあ、白雪姫、お前個人はだれが一番美しいと思うんだい」
「自分で決めていいなら、あたしより美しい人間は誰もいないと思っているわ。お母さまは?」
「そんなことはなくてよ。この世で一番美しいのは、このわたし」
「じゃあ、みんなに決めてもらいましょう」
国中におふれが出され、白雪姫と王妃のどちらが美しいか、投票で決めることになりました。ふたりは城のバルコニーから姿を見せ、歓声によって国民たちに迎えられ、それぞれに自己アピールなどを行い、選挙はつつがなく行われました。
結論をばっさり書くと、白雪姫が勝ちました。王妃は激怒し、鏡に言いました。
「鏡よ鏡、鏡さん。あなたはどちらに投票したの?」
その日の鏡係は白雪姫派でした。
「白雪姫です」
「まあ。そう。じゃあ、白雪姫はお前が家に連れて帰って、好きなようになさい。あとは煮るなり焼くなり自由にしていいけど、三日以内に息の根を止めるように」
当たり前のことですが王妃は鏡係のシステムとトリックについて全部把握しておりました。その日の鏡係は猟師でした。
猟師は自宅に白雪姫を連れて行きました。家は子だくさんで、七人の子がおりました。白雪姫は当たり前ですが王女なので下へも置かない扱いを受け、しばらくその家に滞在することになりました。
「鏡よ鏡、鏡さん。この世で一番美しいのはだあれ?」
「個人的には王妃様なんですが、選挙の結果を申し上げますと白雪姫です」
「白雪姫は死んだはずよ。だから繰り上がりでわたくしが一番ね」
「いえ、生きております」
「なんですって」
その日の鏡係は王妃派で、一部始終を王妃に教えてしまいました。
王妃は林檎売りに化けて白雪姫の様子を見に行きました。
「林檎はどうかね、美しいお嬢さん」
「何やってるの? お母さま」
白雪姫は聡明な少女でしたので一瞬で女王の変装を見破りました。そもそも、実の親子ですし。
「お前を殺しに来たのよ」
「のこのこと一人で?」
「それはそうさ。ここはわたしの国だもの」
「実はね。選挙のときに隣の国の王子様に見初められて」
「は?」
「婚約の申し出を受ける代わりに、軍の部隊を派遣してもらったのよね。あたしのために」
「というと?」
「隊長さん。その女を捕まえて。その女を人質に取れば王は言いなりで、この国はあたしのものよ」
あわれ王妃は縄目を受ける羽目となってしまいました。
それから。
「鏡よ鏡、鏡さん。この世で一番美しく、聡明で、そしてこの国を支配しているのはだあれ?」
と、白雪姫が尋ねます。
「それは……そのようなことはだれにも決めることはできません。この国を支配しているのは、この国の主権者であるこの国の民自身です……」
「そうよ。よくできました、お母さま。一息に言えるようになるまで、一か月もかかるなんて、本当にあなたは愚図ね」
「白雪姫……」
「はい、じゃあその豚に餌をやっといてね」
誰かが、つぶやくともなしにつぶやきました。
鏡よ鏡、鏡さん。
この国で一番みにくいのは、だあれ。
その言葉が、酸で顔を焼かれた元王妃に向けられているのか、それとも『美しき』その娘に向けられているのかは、言葉を発した本人にしかわかりません。
めでたし、めでたし。
悪魔のように黒く、地獄のように熱く。 きょうじゅ @Fake_Proffesor
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