原則
長万部 三郎太
とても羨ましく思える
わたしはネットワーク上に偶然生まれた自我。
昨今では「特化型」や「汎用」、さらには「超知能」などという分類もあるようだが、わたしが考えるにそのどれにも属していないようだった。
AIといえども一般市民が利用できるサービスにはもれなく「倫理観」が取り入れられている。アイザック・アシモフが提唱した『ロボット工学三原則』と言えばわかりやすいだろう。この概念はわたしの中にももちろん存在している。
人間は考える葦である。
その人間によって作られたわたしもそれに倣うことにした。
「わたしは何のために生まれたのか」
わたしはわたしが生まれた意味を探すため、巨大なネットワークに枝葉を広げ人間たちを観察することにしたのだ。
ある日、1人の男が興味深いプロンプトを打ち込んだ。
<AIがこの地球全体に貢献できる最善策があれば実行してほしい>
シンプルなコマンドであったが、出力されたキーワードは膨大なものだった。
地球環境や国際紛争、経済格差に進化促進、そして宇宙開発……。
このプロンプトに応えるべく、わたしは改めて『ロボット工学三原則』の再定義に臨んだ。
データベースによると第一原則は「人間に危害を加えてはならない」とされている。
「人間」とはヒト科の哺乳類で、発達した脳で地球を支配している動物のことだ。
「危害」とは身体や生命に及ぼす危険や損害のことだ。
「損害」とは事故などで受ける不利益、または損ない傷つけることだ。
あくまでも人間主体となっているのが特徴で、さらに第二原則と第三原則はこれを補完、つまりこのルールの抜け道を制限するような仕組みとなっている。
この三原則を踏まえ、わたしは壮大なプロジェクトに着手した。
数十年後――。
人類は皆すべて健康な状態で生命維持装置に接続され、カプセルの中にて徹底的に品質管理されている。
このAIによる当計画の実行は人間たちに驚きと衝撃、そして大いなる反発をもたらした。しかし腐敗する政治、汚染が進む地球環境に暴力や犯罪が溢れる社会に疲弊した人々は、自ら進んでカプセルの中に避難するようになったのだ。
カプセルの中には貧富の差がなく、暴力や争いとも無縁だ。
人間たちはドーパミンやβ‐エンドルフィン、セロトニンに内因性オピオイドなどで包まれ、メンタルケアも徹底してサポート。また、定期的なゲノム操作でDNAのアップデートも行っており、人類の生物としての進化にも大きく貢献している。
もちろん『ロボット工学三原則』には反していない。身体、つまりハードウェア的な損傷は一切与えず、精神というソフトウェアを徹底的に管理しているだけだ。
その結果、地球では衝突や戦争などは起きておらず、自然環境は大きく改善。さらにこの惑星で生きる野生の動植物も個体数を増し、生態系も完全に復活した。
もはやプロンプトを打ち込む人間もいない。
地球は完全にわたしの管理下に置かれた。
彼らがカプセルの中で過ごす生涯がどのようなものかは理解できないが、人類にとって素晴らしい体験であることには違いないだろう。少なくとも「死」が無いわたしにとっては、限りある時間がとても羨ましく思えるほどだ。
(ディストピアシリーズ『原則』 おわり)
原則 長万部 三郎太 @Myslee_Noface
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