中性だった僕が魔女になった理由について

@hanukekozou

第一学年 プロローグ

 蒼空の目線の先には一瞬前まであった広大な草地ではなく、真四角の面白みのない、似たような見た目の建物が整然と並ぶ光景が広がっていた。上を見ると、晴天と星空がまだら模様のようになっている。遊びのない街並みとは正反対の空模様。蒼空が元居た現世界ではありえない、魔法界ならではの光景に蒼空は心を奪われた。見たことも触れたこともないはずの光景と空気に触れて、なぜか蒼空は郷愁にも似た懐かしさを感じていた。長時間の移動の疲れも吹き飛ぶ景色に蒼空が見惚れていると、蒼空をここまで連れてきた案内役の男が杖を取り出した。

「海野様。ここからは魔法を使います。決して私から手を離さないでください」

 差し出された手をしっかりと握りこむ。英国紳士然とした男の口元が弧を描いて蒼空を見た。

 

 残暑厳しい時期の日本に、しっかりとダブルのスリーピースのスーツを着こなし颯爽と現れた、魔法界の男。案内役と名乗った男は、蒼空が保護されていた施設の職員と諸々の手続きを済ませて蒼空を魔法界へと連れ去った。本来、蒼空は現世界からしても魔法界からしても丁重に扱わなければいけない存在である。だが、蒼空の意思など関係なく、蒼空には魔法界へ行かなければいけない理由ができてしまった。その理由は至極単純で、蒼空が魔法を使えるようになってしまったからだ。

 案内役の男の手を握りながら、魔法が使えるようになった経緯を思い出し、溜息を吐く。あまり思い出したくないことだ。魔法学園に着いたら、記憶を消せる魔法がないか聞いてみよう。

「どうかしましたか?」

 蒼空が急に黙ってしまったから不思議に思ったのだろう。男が膝をつき目線を合わせてきいてくる。男の動作はどれをとっても洗練されて美しく、育ちの良さが窺えた。その品の良い仕草が蒼空にはなんだか気にかかった。緊張しているのか、それとも蒼空自身が厳しく教育されてきたことだからこそ、気にかかるのだろうか。考えても分からなかったので、蒼空は思考を切り替える。心配そうに蒼空を見つめる男に、記憶消去の魔法について聞こうとして、やめた。なぜそんな魔法が知りたいのかと聞かれたら、答えをはぐらかすのが面倒だと思ったからだ。

「なんでもないです。ただ、魔法学園のことを考えていて」

「そうですか。魔法界の子供たちは皆あそこに通っていますから、心配しなくてもきっと、気の合う友達が見つかりますよ」

 男の言葉に蒼空は、それはどうだろう。と思った。いくら魔法が使えるからと言っても、魔法界で生まれていない自分は異分子だ。ただでさえ自分には厄介な性質があると言うのに。それを知ってなお、仲良くしようなんて考える子供などいるだろうか。だが、それをこの男に言ったところでどうにかなるわけでもない。蒼空はただ「はい」と返事をしてこの話を終わらせた。

「それでは行きましょう。急がないと入学式が終わってしまう」

 男が杖を振った次の瞬間には、蒼空は魔法学園の入り口に立っていた。

 聳え立つ巨大な校舎を見上げて、蒼空は心臓が騒ぎ出すのを感じた。この胸の高鳴りは、期待か、それとも――。


 大きな運命の歯車が、いまゆっくりと、しかし確実に、回り始めた。

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