理系男子は結婚したい。偏差値75の恋愛戦線ーー相対性理論より難しい、女子の気持ち

理系に生息するみじんこ

第1話ナポリタンと片想いの法則

昼休み、ナポリタンに夢中の研究者ふたり。

 「酸味と甘味が黄金比。昔ながら系に最適化されてる。」

 ……なのに横目で見てるのは

    バイト女子の笑顔だった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



昼休み、大学近くのカフェ。

恋に不器用な理系男子が、ナポリタンを口実に片想いの相手を観測しようとしていた。


テーブルの上には湯気を立てるナポリタンと、真顔でフォークを構える男がひとり。


「ケチャップ比が絶妙なんだよ、この店。酸と甘のバランスが、ほら、昔ながら系に最適化されてる」

 奏はそう言ってもぐもぐとナポリタンを口に運ぶ。


「うん、そだねー……」

 誠は生返事をしながら、店のカウンターの方をじっと見つめている。

 目当ては、アルバイト中の女子――リサちゃん。黒髪のボブに、ほんの少し跳ねた前髪。

 笑うとくしゃっと目尻が下がるのが、どうにも可愛い。


 奏は無言で誠の顔を見た。

 ナポリタンを愛する者に向ける視線ではない。

 そして、すべてを察した。


「君、僕をナポリタンで釣ったな?」


「いやいやいや、そんなことないって……でも……ちょっとだけ……」


 ごまかすように水を飲む誠の耳は、赤くなっていた。


 


 


 職員寮に戻ると、誠は共有スペースのソファに沈んだ。

 スマホを手にしたまま、何度もため息をついている。


「……連絡先、渡せなかった……いや、話しかけることすらできなかった……」


「僕とナポリタンを使ってそれか。得られたのはカロリーだけ。」


「うるさい……」


 そのとき、ドアが勢いよく開いた。


「ヘイ!ラブに敗れた理系男子たちよ!」


 現れたのは、キッティポン・プラサートチャイ――通称ポン。

 インドネシア出身の博士号課程何年目だ?感覚も発言も、すべてが独特だ。


「君、また女の子に声かけられなかったのか? 博士の名に懸けて情けないぞ」


「博士出てから言え、このボンボンが……」と誠が呟けば、


「君が論文書いてよ、お金払うよ?」と、即座に返ってくる。


 その直後、玄関からもうひとりが入ってきた。


「何、また誠、失恋?だから言ったじゃん、世の中、金と安定よ」


 工学修士、大学の隣にある研究所勤務の裕太だ。テカテカのネックレスに細身ジャケット、見た目はホスト風。

 でも本当にホストだったら、もうちょっと空気読んでる。


「俺なんてさ、今年のボーナス70万だぜ?ほら、任期制のお二人、コメントどうぞ」


 誠はソファに沈み込み、毛布で自分を包んだ。


「……連絡先、渡したかっただけなのに……」


 


 


 その日の夕方、売店で飲み物を買っていた誠と奏は、思わぬ再会を果たす。

 棚の前にいたのは、あのリサちゃんだった。


「あれ?カフェの人だよね?」と奏が先に口を開く。


「えっ、あ、はい……今、こっちでもバイト始めたんです。お金ヤバくて」


「だったら、実験の被験者やればいいよ。謝礼出るし。ここの研究室、結構そういうのあるから」


「ほんとですか!?やりたい!」


「じゃ、連絡先交換しとこう、案件出たら案内行くから」


「やった〜!」


 無邪気なリサの笑顔がまぶしすぎて、誠は言葉を失った。


 


 


 寮に戻ると、誠は沈黙していた。


「……ねえ、僕がリサちゃんのこと、好きだって、知ってたよね?」


 奏はアイスコーヒーを飲みながら、少し首を傾げた。


「うん。だから?」


「“だから”って、なんで連絡先渡しちゃうのさ!」


「だって、被験者やるって言うし?」


 ポンがひょっこり顔を出してきた。


「え〜!奏が連絡先ゲットしちゃったの?やば〜!誠、敗北〜!」

 

さらに裕太も顔を出す。

「だからさー、言ったじゃん。黙ってたら取られんのって、恋も特許も一緒だよ?」


 奏が不思議そうな顔をして、紙切れを取り出した。


「もしかして君、これが欲しい?」


「……!」


「もう僕の被験者リストに入れたから、あげようか。」


 誠は紙を奪い取り、毛布にくるまりながら、スマホを握りしめる。

 LINEの新規メッセージ画面に「リサちゃん」が表示されている。


『さきほどはありがとうございました。あの、研究協力、よろしくお願いします……』


「……送れない……句読点、これでいいのか……」


「“さきほど”ってちょっと堅くない?」と、奏がスマホを覗き込む。

「あと“……”多用しすぎ。誠、意図的な脱字かと誤解されるよ」


「もう黙ってて……」


 ポンの声が遠くから飛んでくる。


「まことの恋は〜〜、光子より儚く終わったなー!観測できなくて残念!」


「やめろぉおおおお!」


 その叫びが、寮の天井にむなしく反響した。


 


 


 そして、静かになった夜。

 誠は小さく息を吐いた。


「……ほんと……相対性理論より、女子の気持ちの方が難しいよ……」


 スマホの画面が、薄暗い部屋の中で、青く光っていた。


ーーーーーーーーーー


❤️ありがとう、これって。。。。恋かな!?by誠

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