第53話 女王様と軍師の完璧なる謀略(シナリオ)

 リコの誕生日の朝。

 俺、相川健太は、アパートに漂う、いつもと少しだけ違う空気に、内心そわそわしていた。


「主殿! 皆さん! 今日の朝ごはんは、わたくしが作りました! バースデー・スペシャルパンケーキです!」

 主役であるリコは、何も知らずに朝から元気いっぱいだ。その笑顔は、夏の太陽よりも眩しい。


「おお、美味そうではないか!」

「素晴らしい出来栄えです、リコ殿」

「……おう、美味そうだな」


 ルナとシズク、そして俺は、それぞれリコを褒め称える。だが、俺だけは知っている。ルナとシズクが、時折アイコンタクトを交わし、不敵な笑みを浮かべていることを。

 ――作戦は、すでに始まっているのだ。


 朝食の後、リビングで皆がくつろいでいると、テレビの情報番組が、タイミング良く(いや、シズクが合わせたに違いない)今夜開催されるという、海辺の夏祭り花火大会の特集を始めた。

 色とりどりの花火が夜空を彩る映像に、リコは目を輝かせ、ぽつりと憧れの声を漏らす。

「わぁ……やっぱり、綺麗です……。いつか、行ってみたいなあ……」


 ――今だ!

 俺がそう確信したのと、ルナがソファから大げさに立ち上がったのは、ほぼ同時だった。


「しまったぁぁぁーーーっ!!」

 ルナは、まるで悲劇のヒロインのように、額に手を当てて叫んだ。

「すっかり忘れておった! 今日は、王国に残った家臣団との、年に一度の緊急ビデオ会議が入っておったのじゃ! しかも、国家の未来を左右する、極秘のな!」

 その演技は、あまりにも大げさで、芝居がかっていた。だが、純粋なリコには、それで十分だった。


「ええっ!? そんな大事な会議だったのですか、ルナ様!」

 リコが本気で心配し始めた、その時。


 ビッ!ビッ!ビッ!

 今度は、シズクのタブレットから、けたたましいアラート音が鳴り響いた。

 シズクは、タブレットに表示された文字列を読み、ハッとして顔を上げる。その表情は、世界の終わりを告げる預言者のように、真に迫っていた。


「緊急事態です。スイスのプライベートバンクのメインサーバーに、正体不明の国際ハッカー集団が侵入を試みています。この暗号化プロトコルを、リアルタイムで解読できるのは……現在、地球上では、わたくしだけかと」

「し、シズク殿まで!?」


 完璧な連携プレーだった。あまりの茶番っぷりに、俺は吹き出しそうになるのを必死で堪える。


「ルナ様も、シズク殿も、大変じゃないですか! わたくしの誕生日なんて、気にしないでください!」

 リコは、完全に二人の嘘を信じ込み、自分のことよりも仲間を心配している。本当に、良い子すぎるだろ……。


 そんなリコに、ルナは悲しそうな顔で近づいた。

「うむ……リコ。すまぬ。お主の誕生日を、何もなく終わらせるわけにはいかぬのじゃが……」

 その言葉で、リコを優しく追い詰める。

 そして、とどめを刺したのは、シズクだった。


「健太殿」

 シズクは、俺の方を向き、有無を言わさぬ口調で告げた。

「これは、任務です。我々の代わりに、あなたがリコ殿をこの花火大会へエスコートし、彼女の生涯に残る、最高の思い出をプレゼントするのです」


「え、いや、俺一人じゃ……」

「これは、女王命令じゃ!」

 俺の最後の抵抗も、ルナの一言で無慈悲に打ち砕かれた。


 こうして、俺とリコは、あっという間に玄関へと押し出された。その手には、いつの間にか用意されていた花火大会のパンフレットと、電車賃としてのお金が握らされている。


「良いか健太! リコを泣かせたら、承知せんぞ!」

「健太殿。作戦の成功を、心から祈ります」


 バタン!

 背後で、無情にもドアが閉められる。

 夏の蒸し暑い廊下に、俺と、顔を真っ赤にしたリコが、二人きりで取り残された。


「あ、あの……主殿……」

「……おう」

「わ、わたくしと、二人きりで……その……」

「……ああ」

 会話が、続かない。気まずい沈黙が、俺たちの間に流れる。


 (……これは、任務だ)

 俺は、心の中で何度も繰り返した。

 (ルナとシズクに託された、リコに最高の誕生日をプレゼントするという、超重要任務なんだ。デートじゃない。断じて、デートなんかじゃない!)


 ――だったら、なんで俺の心臓は、花火が打ち上がる前から、こんなにもうるさく鳴り響いているんだ?


 俺たちの、ぎこちなくて、不器用で、そして多分、忘れられないことになるであろう夏の一日が、今、始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る