第51話 妹の本音と、狐のファインプレー
嵐のような妹、ユミが去っていった。
駅の改札に消えていくその後ろ姿を見送った俺、相川健太とシズクは、どちらからともなく、深いため息をついた。
「……帰るか」
「……そうですね」
帰りの電車の中、俺たちは一言も話さなかった。
両手には、秋葉原で買い込んだ戦利品(主にシズクとユミの)の入った紙袋。体は疲労で鉛のように重い。だが、それ以上に重いのは、ユミが最後に投下していった爆弾だ。
『お母さんとお父さんにも、お兄ちゃんに、すっごく素敵なオタクの彼女ができたって、ちゃーんと報告しておくね!』
「……終わった。俺の人生、完全に終わった……」
アパートにたどり着くなり、俺はリビングの床に大の字になって崩れ落ちた。
今頃、実家では「健太に彼女!?」という一大ニュースで、お祭り騒ぎになっているに違いない。次に帰省した時、どんな顔をすればいいんだ。
「結局あいつ、最初から最後まで俺たちのことを引っ掻き回して、自分だけ楽しんで帰りやがった……!」
思い出せば思い出すほど、ユミの腹黒い笑顔が脳裏に浮かび、怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「昔からそうなんだ、あいつは!外面だけは良くて、要領も良くて、俺をいつもダシに使って……!」
俺が一人で憤慨していると、いつの間にかキッチンに立っていたシズクが、静かにお茶を淹れて、俺のそばにそっと置いた。
「健太殿」
その声は、いつものように冷静だった。
「ユミさん、別れ際に、わたくしにだけこっそり、言伝を頼まれましたよ」
「は? 言伝?」
俺が体を起こすと、シズクは俺の向かいに正座し、その紫色の瞳で、真っ直ぐに俺を見つめてきた。
「はい。まず、こう仰っていました。『お兄ちゃんのこと、よろしくお願いします』と」
「……はあ?」
なんだそりゃ。散々引っ掻き回しておいて、今さら。
俺が訝しげな顔をしていると、シズクは言葉を続けた。その声は、まるで大切な物語を語るかのように、静かで、優しかった。
「そして……こうも言っていました。『あたしは嘘つきで、いつも表面だけ取り繕って、優等生を演じてる。でも、お兄ちゃんは馬鹿がつくくらい正直で、不器用で……昔から、ずっと、それが少しだけ、うらやましかった』……そう、仰っていました」
「……え」
予想外の言葉に、俺は息を呑んだ。
俺の脳裏に、昔の記憶が蘇る。いつも成績優秀で、何でもそつなくこなす妹。それに比べて、要領が悪く、いつも損な役回りばかりだった自分。俺は、ずっとユミのことを、自分とは違う、器用な人間だと思っていた。……うらやましい、だと? あいつが、俺を?
「……あいつ……そんなこと、思ってたのかよ……」
ユミの不器用な本音。兄への、歪んで、でも確かに存在したコンプレックスと、ほんの少しの憧れ。それを知った時、俺の中で渦巻いていた怒りは、静かに、雪が溶けるように消えていった。
「……ありがとな、シズク」
俺は、心の底から礼を言った。
「お前のおかげで、ユミのこと、少しだけ、分かった気がするよ」
「合理的な帰結です」
シズクは、いつものようにクールに答える。だが、彼女はふっと視線を落とし、自分のお茶を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「ですが……」
「ん?」
「今回の『恋人関係シミュレーション』で得られた、わたくしの心拍数の異常な上昇データについては、まだ解析が完了していません」
彼女は、少しだけ頬を赤らめながら、俺の目をちらりと見る。
「……今後の、追加調査が、必要かもしれませんね」
その、あまりにも意味深な言葉と、普段は見せない、はにかむような表情。
俺の心臓が、今日一日で一番大きな音を立てて、ドクン、と跳ねた。
「……っ!」
俺は、顔から火が出るのが分かる。何か言おうとしても、口がパクパクするだけで、言葉にならない。
嵐のような妹の来訪は終わった。だが、俺とこのクールビューティーな狐娘の、甘酸っぱくて、ドキドキする夏は、どうやら、まだ始まったばかりのようだった。
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