第48話 恋人のフリ!?ドキドキ東京偽装デート!

 翌朝。俺、相川健太は、人生で最も重い足取りで玄関のドアを開けた。これから始まるのは、腹黒い妹に監視されながら、クールビューティーな同居人と「恋人のフリ」をするという、罰ゲーム以外の何物でもない地獄の東京案内だ。


「準備はよろしいですか、健太さん」

「……おう」

 隣で、シズクは驚くほど落ち着き払っていた。その手にはタブレットが表示されており、そこには『理想の恋人ムーブ・パターンリスト』『初デートにおける最適会話シークエンス』といった、恐ろしい文字列が並んでいる。


「過去の恋愛ドラマおよびアニメ作品、372件のデータを分析した結果、本日のミッション成功確率は94.8%と算出されました。ご安心ください」

「どの口が言ってんだ、どの口が!」

 安心できる要素が、どこにも見当たらねえ!


「まあ、お二人ともラブラブですわね!」

 一歩後ろを歩くユミが、ニコニコと笑顔を振りまいている。だが、その目は全く笑っていない。まるで獲物の隙を窺う鷹のように、俺たちの一挙手一投足を鋭く観察している。


. 俺たちが最初に向かったのは、ユミのリクエストで渋谷。テレビでしか見たことのない、スクランブル交差点の圧倒的な人の波。

「うわっ!」

 人の流れに飲まれそうになった俺の腕に、柔らかな感触が、すっと絡みついた。


「――はぐれないように、してくださいね」

 シズクだった。彼女はごく自然に、しかし計算され尽くした動きで、俺の腕に自分の腕を組んできたのだ。ふわりと香る清潔なシャンプーの匂い。腕に伝わる、ありえないほどの柔らかさと温もり。


「なっ……!?」

「まあ、お似合いですわね、お二人とも」

 ユミの楽しそうな声が、俺のパニックに拍車をかける。ち、違う!これは作戦だ!ミッションなんだ!そう自分に言い聞かせても、心臓は正直に、とんでもないビートを刻み続けていた。


 流行りのカフェに入り、巨大なパフェを前にした時、ユミがとどめを刺してきた。

「わあ、美味しそう! シズクさん、ここはやっぱり、お兄ちゃんに『あーん』してあげなくっちゃ!」

「はあ!?」

 俺が素っ頓狂な声を上げるが、時すでに遅し。

 シズクは眉一つ動かさず、パフェの上のイチゴをスプーンで完璧な角度ですくい取ると、俺の目の前にすっと差し出した。


「健太さん、あーん」


 真顔で。一切の照れもなく、完璧な発音と、完璧な所作で。

 周囲の客と、ユミの突き刺すような視線の中、俺はもう、顔から火を噴きながら、そのイチゴを食べる以外の選択肢はなかった。甘いはずのイチゴが、どんな味がしたのか、全く覚えていない。


「それで、シズクさんはお兄ちゃんのどんなところがお好きなんですの?」

 ユミの、探るような質問が飛んでくる。

 俺が(やばい!)と冷や汗をかく横で、シズクはスプーンを置き、優雅に微笑んだ。


「そうですね……彼の持つ、予測不可能な行動パターンと、その奥に秘められた潜在能力でしょうか。わたくしの知的好奇心を、常に刺激してくださいます」

「(俺のこと、なんだと思ってんだ……!?)」

 完璧すぎる回答に、俺は心の中でツッコミを入れることしかできなかった。


 その後、俺たちは原宿の竹下通りへと移動した。

 ユミの「カップルなら、お揃いのアクセサリーとか、買うものですわよね?」という悪魔の提案により、俺とシズクはファンシーショップの狭い店内で、キーホルダーを選ぶ羽目になった。


「こちらの猫のキーホルダー、デザインの普遍性とコストパフォーマンスの観点から、最も合理的かと」

「いや、俺は別にいらねえって!」

 結局、俺はシズクに言いくるめられ、なぜかお揃いの、少し間抜けな顔をした猫のキーホルダーを買わされた。シズクはそれを、無表情で自分のカバンに付け、俺は即座にポケットの奥底へとしまい込んだ。


 もう無理だ。精神的にも、肉体的にも、限界が近い。

 俺がぐったりとなり始めた、その時だった。


「あ、そうだ! お兄ちゃん、シズクさん!」

 ユミが、何かを思い出したように、通りの向こうを指差した。

「友達に頼まれていたお使い、思い出しちゃいました! 最後にもう一軒だけ、付き合ってもらってもいいですか?」


 彼女が指差す先。そこには、赤地に白抜きの文字で、あまりにも見慣れた、そして、今のこの状況では、最も足を踏み入れたくない店の看板が、堂々と掲げられていた。

「アニメイト……」


 俺は、嫌な予感しかしない。

 これまで完璧な『理想の彼女』を演じてきた、隣のクールビューティーな狐娘。その化けの皮が、剥がれてしまうかもしれない場所に、なぜ今、向かわなければならないのか。


 俺たちの、地獄の偽装デートは、まだ終わってくれそうになかった。。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る