第32話 狐の聖地巡礼は止まらない!?
「では、これよりプラン・アルファに基づき、オペレーション『HANAMI』を開始します。皆さん、ついてきてください」
翌日。俺、相川健太は、シズクの号令一下、訳の分からないまま家を出された。目的地は、彼女が昨夜完璧なプレゼンで提示した、あの謎の周遊ルートだ。
「本当にここで合っておるのか、シズク? どこにでもあるような、ただの河川敷ではないか」
最初の目的地に到着するなり、ルナが不満げに眉をひそめる。確かに、桜はそれなりに咲いているが、テレビで見るような桜の名所とは程遠い、のどかな場所だ。
「主殿、あっちにフランクフルトの屋台がありますよ!」
リコに至っては、花より団子。さっそく屋台の匂いに誘われて、尻尾をパタパタさせている。
健太は「まあまあ」と二人をなだめつつ、内心でため息をついた。(だよな、普通はそう思うよな。まさか、ここがあのアニメの……)
「――ここです」
その時、それまで黙って周囲を観察していたシズクが、確信に満ちた声で呟いた。彼女の瞳は、いつもの冷静な光ではなく、熱狂的な輝きを宿している。
「この土手! このアングル! 間違いありません! TVアニメ『アストラル・ソウル・クロニクル』第2話、8分32秒! 主人公・カイが絶体絶命のピンチの中、初めて魔剣『グラム』をその手に顕現させた、歴史的ポイントです!」
普段のクールさはどこへやら。シズクは一人で興奮し、スマホを取り出してはアニメのキャプチャ画像と目の前の風景を何度も見比べ、「再現度99.2%。素晴らしいです」などと悦に入っている。
「……」
「……」
ルナとリコは、完全に置いてけぼりで、ポカンとした顔で顔を見合わせている。
「お、おう……そうか、すごいな(知ってたけど)」
俺が気の抜けた相槌を打つと、シズクは「健太殿には、この感動が分かるのですね!」と、キラキラした瞳を向けてきた。やめろ、そんな純粋な目で俺を見るな。
そんな調子で、俺たちの奇妙な花見は続いた。
次の聖地は、寂れた商店街の裏にある、小さな公園のベンチ。
「シズク殿、ここで休憩ですか?」
「休憩ではありません、リコ殿。ここは、ヒロインのユキナが、初めて主人公に自らの過去を打ち明けた、作中屈指の名シーンの舞台です」
シズクは、その何の変哲もないベンチを、まるで国宝でも見るかのように、慈しむような手つきでそっと撫でた。
「このベンチで交わされた会話のテキストデータは、音声データと共に、わたくしの脳内メモリに完全に保存済みです。『君の涙は、僕が止める』……カイの名セリフ、思い出しますね、健太殿?」
「ああ、あのシーンは良かったよな。BGMの入り方が神がかってるんだよ」
アニメ好きの血が騒ぎ、俺はつい、シズクの濃厚なオタクトークに乗ってしまった。
「ええ、サウンドトラックの17曲目『絆の旋律』ですね。あのタメからのイントロは、まさに……」
「分かる!」
完全に二人だけの世界に入ってしまった俺たち。その様子を、少し離れた場所から、フランクフルトを頬張るリコと、ベビーカステラをつまむルナが、ジト目で見ていた。
「お主ら、我らを置いてけぼりにして、何やら楽しそうじゃな!」
「主殿とシズク殿、なんだかすごく仲良しです!」
二人のツッコミに、俺とシズクははっと我に返り、バツが悪そうに視線を逸らした。
気まずい空気を振り払うように、シズクはパン、と手を叩いた。
「せっかくですから、名シーンの再現を行いましょう」
「はあ!?」
「健太殿、少し屈んでいただけますか。ヒロインが主人公の耳元で、世界の真実を囁く、第12話のクライマックスシーンです」
とんでもない無茶振りが来た!
「な、なんで俺が主人公役なんだよ!」
「お願いします。この構図での写真撮影は、今回のオペレーションにおける最重要ミッションです」
シズクの、有無を言わさぬ真剣すぎる眼差しに、俺は結局、折れるしかなかった。
「……分かったよ、やればいいんだろ、やれば!」
俺がヤケクソ気味に屈むと、シズクは真剣な顔で、ゆっくりと俺の耳元に顔を寄せてきた。
ふわり、とシズクの綺麗な黒髪が、俺の頬をくすぐる。春の日差しのような、清潔で甘いシャンプーの香り。吐息がかかるほどの、ありえない距離感。
ドクン、ドクン、と俺の心臓が、うるさいくらいに鳴り響く。
シズクは、そんな俺の心中など知る由もなく、アニメのヒロインになりきって、真剣な声で囁いた。
「――世界の終わりは、もう、始まっているのです」
その真剣すぎる演技と、近すぎる距離に、俺の理性のダムは、ついに決壊した。
「近すぎるわーーーーーっ!!」
俺の絶叫が、春の穏やかな公園に木霊する。
シズクは「なぜ叫ぶのですか。最も感動的なシーンのはずですが」と不思議そうに首を傾げ、ルナとリコが「何をしておるのじゃ!」「主殿が壊れました!」と慌てて駆け寄ってくる。
俺たちの、カオスで甘酸っぱい聖地巡礼お花見は、まだ始まったばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます