第12話

家に帰るとシリウスは新しい魔法に変えていた。

レグルスが家に入れるようにと変えたその魔法を私はただ見つめていた。

「杏璃ー?寝なくて大丈夫か?もう2時だぞ」

普段は眠さに抗えず22時に寝てしまう。

特別な日でも日をまたぐとすぐに眠気に襲われて眠ってしまう。

「眠たいよ…けどまだ起きてるのー」

帰ったらシリウス達はきっと今後のことについて話し合うはずだ。

それに参加しないわけにはいかない。

「眠気覚ましにコーヒーでも飲むかい?」

すっかりこの家に馴染んだのか私達と普通に会話をしているレグルス。

「そんなに警戒心丸出しにしないでよ。えーっとリョウ君だね。アンリちゃんに危害を加えるつもりは無いよ」

幼い子供をあやすような声で後藤に声をかけた。

「今は大丈夫でもいつか本性を現した時、俺は覚悟を決めてんだ」

鋭い眼差しがレグルスの目を離さなかった。

「シリウスが戻ってくるまでにお菓子と飲み物、探しに行こう!」

この部屋の空気感に堪え切れずにレグルスを連れて部屋を出た。

「シリウスが戻ってきたら二人で待ってて!私もこの世界について勉強するの!」

大きくため息をつきながら手を振る後藤を置いてキッチンに向かった。

「アンリちゃんは僕が可哀想だと思ったの?だからあんな提案を?」

キッチンまでの廊下でそう聞かれた。

「可哀想とかじゃなくて…ただ世界は広いんだよってことを知らずに姿を消すなんてもったいないと思ったの。あと、レグルスは罪を償うって意味でも生きていなきゃだめだと思う」

思ったことを言語化することが苦手な私にしたら頑張った方だと思う。

同情や憐れみとかではなく、ただ単純にレグルスを知りたいと思ったのも理由の一つだ。

「レグルスの魔法がどんなものかまだ分からないこともあるけど、幸せな夢を見せてくれたでしょ?だからレグルスの心はまだ人を必要としているんじゃないかなって…ん-なんだろ。レグルスの優しさをもっとどこかほかの形でみんなに知ってもらえればいいなーって思ったり…」

言葉をまとめるのは難しい。

特に真面目に答える必要のあるものは言葉に詰まる。

「あの状況で僕が優しいって変わってるね、アンリちゃん。けど…僕は僕の目的のためにここにいるんだ。完全に味方ではない。また裏切るかもしれないよ?」

人に裏切られているのには慣れている。

最初は心が張り裂けそうなくらい痛くて、苦しくて、それでも心にガーゼを張って補強していた。

ガーゼも万能じゃないと、心に穴が開いて中身が全部空っぽになった時もあった。

もう二度と人を信じない。

もう二度と誰かを必要以上愛さない。

そう決めたはずなのになぜか惹かれてしまったのだろう。

「レグルスに裏切られたら私も消えちゃうのかもね」

焦りながら弁解を始めたレグルスを横目に、お菓子を探した。

『ずっと』とか『一生』という言葉が苦手だった。

保証が出来ないのに口にする人たちも嫌悪していた。

「僕はこの先、アンリちゃんに一生危害を加えるつもりはないからね。信じてって言うのは難しいかもしれないけど」

段々声が小さくなっていくレグルスにお菓子を渡した。

「これ運ぶのでさっきのはチャラにしてあげるー」

「お安い御用さ」

レグルスがお菓子を持ってくれているので淹れたてのコーヒーは私が持った。

トレーには大量のシロップと砂糖を乗せて廊下に向かった。

「こっちに来て魔法はシリウスのしか見たこと無いの?」

「レグルスの!あと…シリウスのお父さん」

街に出たことが無いので魔法を使う人を見る機会は少なかった。

「そっか。魔法を使えるわけでも無いもんね」

肯定しようとレグルスの方を向くと持っていたトレーが宙に浮いた。

「すご!零さないでよ?」

冗談交じりにそう言うと軽く笑い返してくれた。

「シリウスもやってたから物を動かす魔法は簡単なの?」

「そうだね。魔法を使う上で最初に習うよ。魔力が少ない人でも使える魔法さ」

そのまま部屋まで持ってくれたレグルスにお礼を言うと異常な程見つめられた。

「アンリちゃんって可愛いよね」

予想外の言葉に戸惑いを隠せない私を助けてくれたのはシリウスだった。

「身の程を弁えろよ」

レグルスは軽く笑いながら部屋に入り、机に荷物を置いてくれた。

「何かあったらすぐに呼ぶんだぞ」

私の指先に光る魔法の指輪に口づけをした。

自分の心臓の音がこんなにも頭に響くなんてと驚きながら部屋の扉を閉めた。

「太るぞ?」

砂糖やシロップをブラックコーヒーに大量に流しいれていると悪い顔をした後藤と目が合った。

「仕方ないじゃん!シリウスの家、ブラックしかないんだから」

ブラックコーヒーなんて苦い飲み物、私が飲めるわけないと知りながらバカにするように笑ってきた。

「本当にこの子達の前で話していいんだね?シリウス」

シリウスに確認をするレグルス。

新しく家具として置いたソファーに腰かけて、コーヒーを飲み始めたシリウスを見てレグルスは話し始めた。

「僕達は理由は違えど神様を生き返らしたいという利害が一致してた。だからそれ以上の情報は知らない。他の人がなぜ生き返らせたいと思っているかも知らない」

休憩のためか、机の上のコーヒーを飲み始めた。

「確認だけどこの世界では神様は実態があって存在したってわけだよな?」

「書物にも記載されている故、実在した人間だ」

あくまでもこの世界では神様が人間なんだと考えているとレグルスは話を続けた。

「死んだ人間を復活させる魔法が存在する。発動条件は案外楽にクリアできるが魔力消費量が膨大だ。数人なんて全く足りない」

だから魔力を与えられる私の存在が必要だったのだ。

「アンリちゃんの魔法の発動条件は知らないけどシリウスに魔力を渡したことで君はボスにターゲットにされた。今後も確実に狙われ続けるよ」

レグルスの言葉に見えない不安が膨らんだ。

不安もいつかは爆発して空っぽになってくれるのだろうか。

「アンリの魔力量は多いと言っても数人程度だ。狙っても足しにならないのではないか?」

レグルスは飲んでいたコーヒーを宙に浮かせて私を見つめた。

「シリウスが感じているアンリちゃんの魔力量は一部に過ぎない。アンリちゃんは人から人へも譲渡できるみたいだよ。シリウスに魔力を渡したあの日、僕の魔力が君に入って行くのが分かった。つまりアンリちゃんは自分の魔力と他人の魔力、どちらも操作できるんじゃないかな」

シリウスもそのことは初めて知ったようで驚いていた。

「でも、それならボスとやらの魔力を全部杏璃が奪えば話は簡単っしょ」

「んー、やってみないと分からない。けどアンリちゃんが操作できる魔力に制限があるみたいだよ。実際僕の他の仲間の魔力は吸われなかったんだ」

私の力なのに私が一番理解できていないことが悔しかった。

頭の悪い私には難しすぎる内容で混乱してきた。

「お前達がやろうとしている儀式はそもそも禁じられている。そもそも成功するようなものなのか?」

「成功するとか関係ない。これが出来なかったら僕達は生きた屍さ」

食い気味の発言に部屋に沈黙ができた。

「…もう遅いし、今日は寝ようぜ。杏璃がもうダメだ」

ちらりと私を見る後藤と目が合った。

「んーん、みんなが起きてるなら私も…寝ない」

普段なら夢の中にいる時間で頭がゆらゆらと動いてしまう。

「ヒプノシス」

またあの時と同じ魔法を唱えられたが、轟音は聞こえなかった。

聞こえたのはレグルスの『おやすみ』という優しい声だった。


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