第10話

シリウスside

「まさかお前と一緒に風呂に入る日が来るとはなぁ」

湯に浸りながら声を出すリョウの声は少し響いていた。

「俺も驚いた」

初めて会った時から邪険にしていた俺に対して、こんなにも柔らかい雰囲気で接してくれる日が来るなど想像もつかなかった。

「…杏璃をここに呼んだのは魔力のためだけか?」

それでも同じ人を好きである以上、ある程度の壁は出来てしまうと思った。

「…いいや」

一人の女性として恋をしているとはっきりと言ってしまえれば楽なのだろうか。

「俺は杏璃が好きだ。昔からずっと」

先程よりも声が大きくなった。

「けど…そんなのは関係ないんだよ」

悔しそうに、苦しそうに放ったその言葉に、俺は何も言えなかった。

「…杏璃は男運が無い!こんなに優良物件な俺がいてもスルーで変な男を好きになる。多分、優しすぎるんだ」

前にもリョウはアンリに対して優しすぎると言っていた。

「良いやつだったら俺だって身を引くさ。けどみんな杏璃の心を空っぽにしちまったんだ」

鼻をすする音が風呂に響いた。

「泣いているのか?」

「汗だ」

風呂に顔を沈め、顔を出した。

額に張り付いた前髪をかき上げて俺を見つめた。

お前はどうなんだと言わんばかりの表情に俺は覚悟を決めた。

「俺はアンリを一人の女性として好いている」

真っ直ぐな瞳に一切の淀みは無い。

「なら絶対泣かせんなよ。けど!俺も好きだ」

好きだと言ってしまったらさらに分厚い壁が生まれてしまうと思っていた。

だが、俺はリョウを理解しきっていなかったらしい。

「お前みたいなやつがライバルだと苦労するなー。容赦しねぇから」

「…俺も容赦はしないぞ」

こんな風に誰かと会話をすると昔に戻った気分になる。

「トシゾウと良く一緒に風呂に入ったのが懐かしい」

冷水を浴びせられたり、風呂が熱湯だったり、そんなバカみたいな毎日が幸せだった。

「その人はどっちの世界で生まれたんだ?」

体が温まったところで、外に出て部屋に戻る準備をした。

「リョウ達と同じ世界だ。トシゾウの家系は代々この世界とそちらの世界を結ぶ力を授かるらしい。リョウ、止まれ」

服に髪の毛から垂れる水滴のシミが見えた。

魔法を使い頭を乾かすと驚きながらも礼をしてくれた。

「どこの世界にも他の世界に干渉できる人間が存在する。それがトシゾウだっただけさ。あいつは中でも特別でエネルギーを魔力に変換して魔法を使えた。アンリは魔力を持っているが譲渡しか出来ず、本人の意思で魔法を使うことは無理だと思う」

アンリの魔力や魔法についてはまだ未知なことが多い。

だからそれはあくまでも俺の推測だった。

「トシゾウって杏璃の大叔父だろ?代々力を授かる家系なら杏璃の親がその力持ってないとおかしくねぇか?」

理解が速いリョウはそう聞いてきた。

「近年、力を授かる人間が減少しているという噂を耳にしている。原因は魔力自体が減少しているからと聞くが本当の事は俺にも分からない。そもそもイレギュラーな人間の存在のため、他のイレギュラーが起こってもある程度は仕方がないと思っている」

納得したらしく、前を向いて廊下を歩いているリョウ。

「杏璃、入るぞ?」

部屋の前で声をかけるリョウに何の返事もなかった。

「寝たのか?杏璃、この後お菓子食べるとか言ってたくせに…」

リョウが扉を開けるとアンリの姿が無かった。

ベランダのドアが開けられて夜風になびかれるカーテンが目に入った。

焦るリョウはベランダに出て外を見渡している。

「どこかに行ったのではないか?キッチンに行って先にお菓子を食べているとか…」

「馬鹿野郎!んなわけねぇだろ!お前、風呂行く前に杏璃に部屋から出るなって言ったろ?それ守らないはずがないんだってば」

俺の言葉をさえぎってリョウは言った。

確かにアンリは約束を破るような子ではない。

俺達に黙ってどこかに行くはずがなかった。

「探しに行く」

俺の横を通り過ぎて部屋から出ようとするリョウを止めた。

「離せよ」

「冷静でない君を送り出すことは出来ない」

舌打ちをして足を止めたリョウを確認して、俺は考えることを始めた。

何者かの侵入はまず有り得ないはずだ。

敷地全体に魔法を使い、関係者以外の侵入を拒んでいる。

誰かが入ってこられるはずがない。

「アンリがもし誰かに連れ去られたとしても現状、危険な場所ではない。アンリにかけた魔法でそれは明らかだ」

転移魔法を使ってもいいが、その後戦闘が控えている可能性もあるので俺自身が発動させるわけにはいかなかった。

「少量、研究のためにとアンリの魔力を残しておいて正解だった」

机の上の瓶を持ち上げ、魔力探知機に乗せた。

「そう遠くに行っていないはずだ。…着いてくるか?」

聞くまでもなかったが、俺としてはリョウに危険が及ばぬようここに残って欲しかった。

「行くぞ」

行き先も分からないのに俺の前を歩くリョウを止められるはずがなかった。

「それで杏璃の場所分かんの?」

冷静を取り戻したリョウは俺と歩幅を合わし、横に並んで歩いた。

「あぁ、トシゾウが作ったんだ。確か、方位磁石というものを参考にしたと言っていた。知っているか?」

「東西南北が分かんだよ。進むべき方向に案内してくれる道具だな」

会話をしながらアンリへと一歩ずつ近づいて行った。

「痛っ!何だこれ」

「どうやらこの先にアンリがいるらしいな」

俺だけが招かれているの屋敷に足を進めた。

「おい、これ何とかできないのかよ!俺も行くって言ったろ」

想定内の発言に、新たな魔方陣を形成した。

対象外の人間を弾き出す結界を作る人間に心当たりがあった。

「あ、通れる。ありがとう」

「リョウがアンリを守りたい気持ちは理解している。だが、その逆も同じだ。だから俺には二人を守る義務がある。忘れるなよ」

大切な人を想う気持ちは痛いほど分かる。

その人が消えた世界では生きていけないと思うから、ただ必死に守りたいと闘う。

しかし反対に、同じように自分も愛されていることを自覚しなければならない。

「やぁやぁ、シリウス。僕とは初めましてだね。…結界を壊した理由はお隣の人もここに入ってこられるようにするため?」

初めて見るその男から有り得ない魔力を感じた。

「何で僕があの敷地に入れたか考えたら分かるでしょ?君はまだ彼をお父さんだと思ってるの?思ってるか。これが何よりの証拠だもんね」

その可能性を完全に頭から除外していた。

「僕はアンリちゃんに少しだけ力を借りたいだけなんだ。邪魔しないでよ」

「杏璃は無事なんだろうな?さっさと返してくれないか?」

リョウの覚悟を踏みにじるようにその男は魔法を使って見せた。

「だよね。もちろん彼を守るよね。だって君は良い子だもん」

「何が目的だ?これ以上抵抗するなら容赦せんぞ」

楽しそうに笑うその男に威嚇するがあまり効果はないだろう。

「アンリちゃん。その男、殺してくれる?」

「は?何を…」

その男の影からゆっくりとこちらに歩いてくるのは紛れもなくアンリだった。

「杏璃?…どうしたん?」

小さな手でナイフを握りながらリョウに近づいて行くアンリの様子はおかしかった。

「おい、アンリに何をした?何の魔法を使った?」

魔法が分かれば対処できるかもしれないが、見たことのない魔法だった。

「法外魔法か…」

危険な魔法のため法で禁止されている魔法をまれに使う人間がいるが実際初めて出くわした。

「杏璃、辞めろ!洗脳か何かか?おい、馬鹿!目、覚ませってば」

アンリ相手に魔法を使わないことを読んでいるあの男に腹を立てながら、アンリの動きを阻止した。

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