第7話
シリウスside
無理にではあるがこの世界にアンリが来てくれたことを幸せに思う。
ただ隣にアンリが存在しているという事実に浮かれていたのだろう。
親父の帰宅でその幸せは粉々に砕け散った。
「リョウはアンリに信頼されているのが良くわかる。幸せ者だ」
ベットで眠るアンリを愛おしそうに見つめるリョウにそう言った。
「多分杏璃はどこまでいっても100%他人を信じることは無いと思う」
悔しそうな表情に俺は少しだけ驚いた。
「アンリはリョウのことを信頼しているように見えるが?」
短い時間のやり取りではあるが信頼しきっているように見えた。
それが少しだけ悔しかったのを鮮明に覚えている。
「見えるだけだ。態度には出さんと思うけど杏璃は何も求めてないんだよ、誰だって所詮他人なんだからな」
言っている意味が分かるようで分からなかったがこれ以上は踏み込むのを辞めた。
「そんなに杏璃の事、心配か?」
アンリの姿を目に映しているとそう聞かれた。
「俺は責任を持つ立場だし、アンリの事は…誰よりも大切にしたいと思っている」
するといきなり立ち上がったリョウは俺の胸ぐらをつかんだ。
「だったら何であの日、父親から守ろうとしなかったんだ!他人に要らないって顔されたやつがどんな気持ちになるか分かんねぇとは言わせん」
その目は俺に訴えかけているようだった。
「君の言う通りだと思う。本当に…情けないことをした」
舌打ちをして俺から少し離れたところに座ったリョウは大きく息を吸って話し始めた。
「誤解なら解いとけよ。…守った結果があれだったんじゃないかって俺は思ってる」
アンリに似て優しいリョウに俺はさらに自分が情けなく思えた。
まだ少ししか生きていない子供から学び、気付かされた。
「アンリは優しすぎて誰かに利用されたり、裏切られたりってのが続いて軽い人間不信だった。だから最初、その話を聞いた時お前に会ったら絶対殴ってやるって思ってた」
アンリを見つめるリョウはあまりにも優しい顔をするので俺はただ聞いていることしか出来なかった。
「けどここに来てあの時のお前の行動は杏璃を用済みって突き放したと思うよりも逃がすため、守るために突き放したんじゃないかって思えちまったんだ」
俺を真っすぐ見つめるその目は本当に綺麗だった。
汚い世界を見てきた俺の目で怪我してしまいそうなくらいリョウの目は純粋無垢だった。
「杏璃のことだ。きっとお前を助けようと頑張る。ただ、お前が次泣かせたらここには一生来させない。あと、何の役にも立てないけど俺も杏璃が来るときは一緒に来るからな」
杏璃のことを良く知っている彼らしい答えだと思った。
「約束しよう。絶対に傷付けないと。それとあの日のことについて今後のことも踏まえて聞いてくれないか?」
味方が多いに越したことは無い。
味方になってくれるかどうかなどその瞳に問うだけで分かる。
無言で俺の目を見つめるリョウにあの日のことを話し始めた。
あの日、アンリをこの世界から強制的に引き離した日。
俺は仕事で家から離れていた。
最近街で魔法を使用し悪事を働く集団が増えたことで、俺は調査を行っていた。
調査を終えて家に帰ろうとすると、アンリの助けを求める声が微かに聞こえた。
万一のことを考えて指輪に魔法を施していて助かったと思い急いで向かうと、そこには親父とアンリがいた。
「俺にとって親父は正直恐怖の具現化のようなものなのだ」
ある日を境に厳しく躾けられ、その顔を見るだけで恐怖で足がすくむ程にトラウマになっていた。
親父相手には手を出せない俺は意気地なしだと思った。
絶対に守りたい相手がすぐそこにいても俺は動くことも出来ないダメなやつだった。
「だから魔法で俺のところにワープさせてきたのか?親父相手には怯むから」
「あぁ…俺は騎士としても、人としても恥じる行動をとってしまった」
あの時、親父に何か言い返せていたら?
あの時、親父から守るような魔法を使っていたら?
アンリのあんな顔を見ずに済んだし、なにより辛い思いをさせなかったはずだ。
「恥ではないっしょ。結果的には杏璃を守ったんだ。無理だから誰かに任せるってのもありじゃないの?まぁ杏璃には事情話して謝っとけよ」
怒られると思っていた。
アンリを危険にさらしたことや、ひどい態度を取ってしまったことについて罵倒が飛んでくると思っていた。
「君から学ぶことが多すぎて自分が情けなくなる」
きっとリョウは良い出会いがあったのだろう。
優しい誰かと一緒に生きてきた人間だと強く感じた。
「んなことより、続き!」
少し照れ臭そうな様子のリョウは、はやりまだ子供だった。
「転移魔法は魔力の消費量が他のものと比べて桁違いなんだ。アンリを飛ばした後すぐにさっきの状態になったんだ。悪事を働く集団が起こしたもので間違いないのだが、何かもっとすごい後ろ盾があると考えていた。それに俺の親父が絡んでいる」
自分の親が悪党かもしれないと誰かに話すのは勇気が必要だった。
「何をたくらんでいるのか分からないが俺には魔力のためにもアンリが必要だ。けど親父と運悪く接触してしまったため、狙われる可能性が出てきた。普段生活しているそっちの世界に二人が帰ると…俺は守れない」
転移魔法であちらの世界からアンリを連れてこようとすることも難しいが可能だ。
だが、俺はそちらの世界に行けないし守ることが出来ない。
「守るためにもここにいて欲しいってわけか…あいつなら残りそうだけど、そうすると周りの人に迷惑かけるし…」
「その点の心配は無用だ。トシゾウが良く使っていた記憶操作系の魔法を使えば一時的にあちらの世界に存在しないことになる。つまり親の心配や学校などは回避できる」
トシゾウが昔その魔法を使っているのを横で何度見てきたことだろう。
「超便利だな、魔法」
初めて見せたリョウの笑顔に俺は安心した。
「俺は杏璃に決定権があると思ってる。どこにいてもそれに従うよ」
「古くからの友人とは良いものだな」
俺は良い関係を築けた人間は指で数えるくらいしかいない。
もっとも、こんな関係の友人などいない。
「少し、羨ましいな」
二人の関係を見ていると自分だけが蚊帳の外で、世界が俺を忘れてしまったかのように感じる。
「そうか?俺はあんたらの関係も羨ましいぜ」
人はないものねだりをすると言う。
「俺はお前と友達になる気はないけど、良いやつだってことは知ってるから」
「ありがとう」
アンリが目覚めるまで二人で話し続けた。
こんなにも人と話をしたのはいつぶりだろう。
どうかこの二人が笑って過ごせますように。
この先の不安を紛らわしたこの瞬間は俺にとって良い思い出となった。
きっとこの時をこの先長く生きても忘れないと思う。
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