ep.14 騎士団の役割 (4)

 集まった情報によれば、ここ数日で何人かの孤児が姿を眩ませていることは事実であり、城に戻って貴族街の人の流出入を調べると共に、明日改めて小隊で調査に当たるということになった。


 この時間から帰投して記録を調べていては、恐らくは今日も消灯には間に合わなさそうだったが、ここのところはそのような日も多い。


 犯罪が増えているのか、とユーフォリアは尋ねたが、増えているのは取り締まりの方で、状況自体は改善した方だろう、とレオネルは答えた。


「この辺りも、前はもっと酷かった。こんな立派な家なんてもんは無くて、路傍には生きてるんだか死んでるんだか分からない人間が、ごろごろ転がっててな。あの壁も、王国騎士団が設立されてから建てられたものだ。その前は、魔獣と狼藉者が好き放題してた」


 レオネルが振り返り、視線で指し示したのは、国の住居街と外界とを隔てる防壁だった。城を囲む城壁よりも新しく、低くて薄い壁は、それでも平原の魔獣の侵入を相当防いでいるのだとレオネルは続ける。


「自警団は? 何してた?」


 城の方角へと視線を戻しながら、ユーフォリアが尋ねた。これまでに隙を見つけては城の資料庫を読み漁り、以前はそのような集団が住民を守ったり治安維持を担っていたのだと理解していた。


 再び帰路を歩みながら、レオネルが首を横に振る。


「端的に言えばだが、自警団が守ってたのは自分のところの地区だけだ。貴族なら貴族街、平民街も区画によって随分違ったろ? 生まれつき丈夫な貴族様は、城壁の近辺って一等地に住んで、立派な武器持った強い貴族様に守られて、その一方でここらの奴らは今日食う飯すら危ういその日暮らしだ。閣下の改革がここまで来るのにどれだけ大変だったか、少しは分かってきたか?」


 ユーフォリアは頷き、腰につけた剣の柄を軽く握り締める。


 学べば学ぶほど、人間の社会は複雑であり、そしてレオネルを含む騎士団の隊士たちがアルベルトを崇拝している理由も何となく分かり始めてきたような気がした。


 区画を半分程過ぎたところで、ユーフォリアは少し考えてから、最後に一つ質問することにした。


「レオネルは、貴族が嫌い? 身分の話をする時、いつも怒ってる」


 詳しく聞いたことはなかったが、会話の端々から聞く限り彼もまた貴族の家の出であり、そして王国騎士団が設立される前は自警団というものに所属していたのだろうとユーフォリアは思っていた。


 レオネルは強く顔を顰めてから、視線を下方に逸らし、低い声で呟いた。


「……あの方の理想のおかげで、また剣を持つ気になれた。俺にとって閣下は、目標であり、恩人だ。俺も出来る限り手を貸してやるから、絶対に破滅は避けろよ」


「分かった。――レオネル」


 頷いたユーフォリアは、微かに耳に届いた声に即座に顔を上げて反応して、鋭い声で隣を歩く男を呼び止めた。


 彼と一度視線を合わせてから、ユーフォリアが無言のまま、帰路とは異なる方角へと駆け出す。レオネルも柄を握り、その背を追うように走った。



 ユーフォリアがその路地裏に辿り着いた時、中柄な男が何かに覆い被さるような体勢で立っていた。時折発される、静かにしろ、という怒声から状況は明らかであり、ユーフォリアとレオネルは静かに視線を交わす。


 獣のような身軽さで、ユーフォリアが壁を駆け上がり、路地裏の反対口を塞いだことを確認して、レオネルは男の背後から姿を現した。


「王国騎士団だ。誘拐の疑いで捕縛する」


 大きく肩を震わせ、反対側へと逃げようとした男は、そこに立つ騎士の姿に慌てて踏みとどまり、離しかけた少女の腕を強く引いた。


「ど、どけ! このガキぶっ殺すぞ!」


「殺人は誘拐の数段、罪が重いと知りませんか。この場で首を刎ねられたくなければ、彼女を離して投降してください」


 冷たい声と共に向けられた剣先に、男がひっと息を飲んだ。


 ユーフォリアの顔を見ながら、顔面蒼白でじりじりと後ずさる男の背へと、レオネルが静かに近付く。


 あと数歩、という距離で、硬直した男の手が少女の口から離れ、彼女の怯えきった目がユーフォリアを捉えた。


 ユーフォリアが微かに目を見開く。この夕刻に、花束を売ってくれたあの少女だった。


「たす、けて……助けて! 痛いのやだ!」


 甲高い叫び声が届いた瞬間に、ユーフォリアの脳裏にあの冷たい石床がよぎった。


 ――やだ、もう痛いのやだ!


 耳奥に響いた声が誰のものかを考えるよりも早く、腹底に何か熱いものがぞわりと持ち上がる。


 全身の毛が逆立つ感覚と同時に一歩を踏み出した時、路地裏の薄闇をつんざくような悲鳴が上がった。


「……っ、ユーフォリア!」


 怒声にはっと我に返ると、錯乱した男はレオネルによって地面へと取り押さえられ、その少し離れた場所に少女が蹲っている。


 腕を押さえた小さな手の隙間からは血が溢れ、冷静を失った男に腕を切り付けられたのだろうと分かった。


 すぐさま駆け寄ろうとして、少女の身体が飛び上がりそうな程に震えたことを見ると、ユーフォリアは小さく首を振りレオネルのもとへと歩み寄った。


「私が。彼女をお願いできますか」


「……分かってるな」


「絶対に殺しません」


 一度だけ無言でユーフォリアの顔を見上げると、レオネルは捕縛した男を彼女に任せて少女を保護するために立ち上がった。


 幼子の啜り泣く声を聞きながら、ユーフォリアは、男の腕を掴む自らの手が握った先を引き裂かないよう、ほんの少しだけ力を弱めた。

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